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一枚の写真から当時の本当の歴史の一遍を! 碓氷峠と熊の平信号所。

f:id:kohyusya:20170124185659j:plainかつて駅だった「熊の平」で停車していた急行列車と鈍行列車。確かではないがサイドから見るに165系を押すEF63の重連連結なのか?熊ノ平駅で急行列車に抜かれる茶褐色の旧型客車・鈍行列車。「熊ノ平駅」は、かつて群馬県碓氷郡松井田町にあった、日本国有鉄道国鉄信越本線の駅である。自分はJRとなっても「熊ノ平駅」であったような感じがしてしょうがない。この写真の次期は「信号場」になっている。旧・国鉄=JRの路線としては最も急勾配の線区「碓氷峠」。日本の鉄道技術の歴史に置いて特殊な急勾配線区でした。駅から「信号場」に降格したという歴史を持つ「熊ノ平」。現在もトンネルやホームなどの面影と跡地があるらしい。大昔にこの駅でお弁当をを買った記憶もあるのだが、1966年2月1日に信号場に降格とのこと。自分が小学生の頃である。まさか「おぎのやの釜飯」ではと疑問を抱く?雉子焼き弁当だったかも?記憶違いかもしれないが「横河駅」と間違えてるのかも知れません?1987年4月1日 の国鉄民営化に伴い、JR東日本になるのだが。1997年9月30日に北陸新幹線高崎駅 から 長野駅間)開通、信越本線横川駅から軽井沢駅間の廃線・廃止。信号場となり「熊ノ平信号場」となる。国鉄国鉄民営化後はJR東日本が管轄。信越本線中山道善光寺街道北陸道高崎駅から長野駅直江津駅から新潟駅に至る路線。1997年10月1日の北陸新幹線高崎駅から長野駅間が先行開業となり新幹線の並行在来線区間の横川駅と軽井沢駅間が廃止となった。軽井沢駅から 篠ノ井駅間が「第三セクターしなの鉄道」になった。2015年3月14日の北陸新幹線長野駅から金沢駅間が開業し長野駅 から直江津駅間も経営が分離。長野駅から妙高高原駅間が「しなの鉄道」。妙高高原駅から直江津駅間が「えちごトキめき鉄道」に。3区間に路線も分断されてしまった。何がなんだか解らない。全線を直通できる列車は、信越本線全線開通後からなくなってしまったのだ。現在信越本線として残されている区間のうち、直江津駅から新潟駅間は、JR東日本羽越本線奥羽本線。「えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン」、「あいの風とやま鉄道線」、「IRいしかわ鉄道線」、JR西日本北陸本線湖西線とともに、日本海縦貫線とよばれ優等列車や貨物列車が多く運行されているらしい。「熊の平駅」時代ははトンネルに挟まれ有効長を十分に確保できないため、「アプト式」鉄道時代の列車は突込線によっていったんトンネルに突っ込んでから本線脇の引上線に後退して停車する、スイッチバック駅だった記憶がある。信号場としての末期は複線だったため、閉塞境界としての機能があった。アプト式終了後は横川からのEF63系電気機関車の切り離し地点だったのか?相互間の乗り入れ待ちなのかスイッチバックなのか数分止まってから走り出したのも記憶に新しい。残念ながら列車の記録写真は少なく、世の中の好景気に伴って家族兄弟全員がスカイラインGT党であり、長野へはクルマでのドライブが多くなった次期でもある。碓氷峠の旧道をトラックの隙間を縫ってタイヤをならしながら走って行った記憶もある。                                    

コウジロウの独り言