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フェアレディZは世界に送った最高のイメージリーダーカー。

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 photo by Kojiro

日本における通称は「Z」。「フェアレディ」と言う名前はミュージカル映画マイ・フェア・レディ」から名付けられたと聞いている。「フェアレディ」を冠すのは日本国内のみで、輸出向けは「DATSUN」また「NISSAN」と呼称されていた。USAでの愛称は「Z-car」だと言われている。自分が撮影した写真はおそらく日産・フェアレディZ(初代)S30型Z-L 1970年モデル。これは、オランダ・アムステルダムの運河のほとりで見た1974年2月の風景である。うしろのウィングフィンにDUTSUNの文字が書かれてた。右側通行のオランダで右ハンドルのZ。ということは日本製かイギリス輸入車かはたまたオーストラリア輸入車か?当然オランダ側からしてみれば外車である。なぜか写真にはないが当日あのケンメリ・スカイラインハードトップも見たのだ。オランダは江戸時代の貿易国。その関係なのかは定かでないのだが親日家が多いと聞いてはいた。・全長4,115 - 4,425mm・全幅1,630 - 1,690mm・全高1,280 - 1,290mm・ホイールベース2,305/2,605mm・車両重量975 - 1,145kg・最高速度は180 - 210km/h。ヨーロッパ製の高級GTに匹敵するスペックだった為、魅力あるスタイルをも兼ね備え、北米市場を中心に大ヒットした。北米だけでなかったのだ。日産のイメージリーダーカーとして、足掛け10年もの長期に渡って生産され、世界総販売台数55万台(うち日本国内販売8万台)という、当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立。「ダッツン・ズィー」の愛称で親しまれ、日産自動車の輸出モデルの総称でもある「DATSUN」の名を世界に知らしめた日産の記念碑的車両であると言われている。この写真のクルマを見て頂こう。当時、日本ではまだアルミホイールが高価であった為あまり普及されておらず、隣のフォード・カブリ同様スチールホイールが全盛でした。それに引き換えこのZはどうでしょう?アルミを履いていたのです。これを見た瞬間「Zはカッコいい」と思ったのです。ホイールのインチはそんなに大きくはありませんでしたが、オランダで見たZは日本に置けるジャガーロータスヨーロッパに負けない迫力があった。コクピットからでて来た人もカッコいいし、100点満点でした。日本車も海外に行けば外車。東京のBMWやベンツになる訳で、それを海外で国産車として誇り高き存在として、出会ったZ。この前後モンテカルロラリーやサファリラリーで活躍する姿を見て、Zが日本の輸出車の牽引になったことは間違いない事実です。1974年2月。自分にとっても心の牽引 力になった年でした。この写真たちを大切に。健やかに生きて行きたいものだ。

 

                                                    コウジロウの独り言