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ミラノ・ガラスアーケードと東京ディズニーランド。

写真は1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。一台しかこの当時はカメラを持っていないため、カメラは当然キャノン・ペリックスと24mmワイドレンズ。紳士・淑女達が当時としてはモダンで現代のファッションに近い。f:id:kohyusya:20170327143353j:plainヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(イタリア語: Galleria Vittorio Emanuele II)は、イタリアの都市ミラノにあるアーケードの名称。ここには40年前と30年前に2回訪れている。2つのアーケード(8角形の建物に2つのアーケードが交差する)に覆われ、ドゥオーモ広場の北に位置し、ミラノスカラ広場へ通じているのである。これは知らなかったことなのだが、十字路の交わる付近に青いタイルで囲まれた牡牛のモザイクがあり、その股間部分がやや窪んでいる。この窪みに踵を合わせてクルリと一回転すると幸せが訪れると言われてるらしい、旅行者は再びミラノに戻れる等の言い伝えがある。一人しか出来ない為、行列ができるらしい。観光客よりも地元市民によって積極的に行われているようである。朝夕の通勤時にはスーツを着た当時の写真に見られるようなビジネスマンや、日中には主婦などが踏み付け回転する有様が頻繁に見受けられる。イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたのこと。最初に1861年にデザインされ、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設されたとされている。通りはガラスのアーチと鉄製の屋根に覆われ、19世紀のショッピングモール及びイギリス、ロンドンにあるバーリントン・アーケードのようなデザインである。天井の壁画は5大陸を現しており見事なものである。歩道のモザイク模様もイタリア発祥のデザインが描かれ面白い。ガッレリアはベルギーのブリュッセルにあるギャラリー・サン・チュベール(1847年)やロシア・サンクトペテルブルクにあるパッサージュ(1848年)、ナポリウンベルト1世のガッレリア(1890年)等から始まった、巨大なガラス張りのショッピング・アーケードの原型であったとされている。中央の十字路部分はガラス製のドームで覆われている。この八角形のガラスドーム広場の床面には、中央にイタリア王国の紋章やミラノトリノフィレンツェ、ローマの紋章が描かれている。自分ではじっくり美術を見るような目で見てた訳ではなく、ガイドもこの場所では付けてなかったので、素敵なアーケードだったな程度の印象だった。後に何年もしてからこのアーケードがただ物ではないと解るのである。自分が撮影し、紙焼きを見てからのこと。このミラノのガッレリアはそれまであったものよりも大きく釣り合いが取れており、近代的なショッピングモールの発展において重要な建造物だった。ガッレリアはミラノのドゥオーモとスカラ座という、ミラノにおける2つの著名な観光地へと繋がっている。最初の落成から130年以上を経た現在、アーケードにはオートクチュール店から書店に至るまでの上品な各種店舗、グッチ、プラダルイ・ヴィトンなどの高級ファッションブランド店の他、レストラン、カフェ、バーが入居している。残念ながら自分達家族で入ったのはバルだけだったのだが。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアへ直接つながっているのは、ミラノでも最高級のパーク・ハイアット・ホテルで、街の中でも最も豪華な部屋と設備を有しているらしい。自分達が宿泊していたのは傍だったがこの名前のホテルではなかった。何と大好きな東京ディズニーランドワールドバザールはこのガッレリアをモデルに作られているらしい。だから東京ディズニーランドに行った時どこかで見た風景と感じるのかもしれない。

 

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