一枚の写真からFoad 20M TM Coupeを探し当てた?

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とにかく、上記のセピア色した四つ切りの紙焼きのテールランプのクルマを探した。1974年2月に欧州旅行した時の写真である。当時は卒業旅行でヨーロッパの美術館巡りをするツアーで、前にも述べたように現地に着くとFreeだった。足を入れた国は、アンカレッジ経由でイギリス・ヒースロー空港そしてイタリアに飛び、そこからバスのツアーが始まった。立ち寄った国が多くありイタリア・スイス・ドイツ・ベルギー・オランダ・フランス・イギリス・バチカン市国までに及んでいた。一つこの写真で気になったのが、イタリアのフィアット・クーペに似ている。(そうでもないかモ?)ただしナンバープレートとがイタリアではないことに気がついたのだ。そこにたどり着くまで一週間以上かかってしまったのである。CGの自動車アーカイブの60・70年のヨーロッパ車をを調べたりしていたところ、やっとグループ親会社のコーダーの金子氏に聞くことが出来たのである。彼はGoogle画像ですぐに探し始めてくれた。NO.プレートからドイツのクルマなのが発覚したのだ。それまでにはスイスのクルマまでをも探していた自分。イタリアのNO.プレートでない事は分かっていたのだが、現在とも若干違っているであろうそのデザインや表示なのだが、NOプレートからはスイス・ベルギー・ドイツ?のいずれかである事は自分でわかってきていた?わからなくもなかったのだ。Foad 20M TM Coupeと彼はすぐに選定してくれた。凄いの一語に尽きる。正式名称=Ford 20 M TS OSI Coupé。ミニチュアカーから入ってる彼はディテールに拘り、選定も鋭かった。アウトサイドのミラーが普通と違うとか、リアブレーキランプの間のこの丸は何?とか?アバウトな全体感で観てる自分とは大違いで視点が違っていた。でもそんなクルマの写真を撮影していた自分も凄かったと改めて思う。先行投資して入社前に2年ローンを組んで旅行した甲斐はあったとつくづく思う。詳細を記載しよう。オフィツィーネ・スタンパッジ・インドストリアリ(Officine Stampaggi Industriali 、OSI)は、元ギアの社長ルイジ・セグレ(Luigi Segre )と自動車部品製造のファーガット(Fergat )出身のアリゴ・オリヴェッティ(Arrigo Olivetti )が1960年にトリノで設立したコーチビルダーだった。のだそうだ。OSIは、ギアから独立したニッチ製品に特化したデザイン子会社を意図しており、元々それまで一品製作を行っていたギア社がフィアット社向けフィアットのボディを量産するために設立した企業だったそうです。最初から一定規模の量産を目指している点で、その他のカロッツェリアとは起源が異なっていた。後年OSIはギアから独立して独自デザインの車を発表するようになったと言われている。この企業は、アルファロメオフィアット、フォードの車を基にしたカスタムビルト車を製造し、短命企業と言わざるを得なかった、のだそうだ。最初の製品の一つはギアに在籍中の若かりし頃のトム・ジャーダ (Tom Tjaarda) がデザインしたイノチェンティ・950 スパイダーもそうであったそうで、イタリア国外で最も知られたOSI製のモデルは、ドイツ・フォードのタウヌス20Mを基にしたフォード・20M TS クーペだけなのかもしれないと言われている。この車はフォルクスワーゲン・カルマンギア Typ 34 を基にしたタイプ3のデザイナーとして知られるセルジオ・サルトレッリ (Sergio Sartorelli) によりデザインされた。約2,200台のフォード・20Mベースのクーペが製造され、2010年の時点でこのうちの約200台前後が現存するといわれている。1968年5月にサルトレッリがOSIのデザインオフィスをフィアットのそれに編入させて業務を清算されたそうだ。OSIはプレス加工品と産業用機器の製造業者として企業活動を続けているのだそうだ。当然、ベルリンの壁がある西ドイツ時代です。      コウジロウの独り言 

フェラーリを銀座の隣町のコインパーキングで発見。

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Photo by Kojiro

イタリアのスポーツカーメーカーのクルマを新富町のコインパーキングで発見したのです。こんな珍しいことがあるとは!高価なクルマがコインパーキングのせりあがった板にイタイタしく底打ちされているいる感じは如何なものか?高価なクルマだけになんかかわいそうに見えてくる。新車価格だと2,500万円前後もする。カリフォルニアTフェラーリ Ferrari Califonia T 販売期間は2014年〜2017年。 乗車定員は4名でボディタイプは2ドアクーペカブリオレになる。エンジンは3,855 cc V8 DOHC (ツインターボ搭載)。駆動方式 FR。最高出力は560 PS/7,500 rpmになる。最大トルク755 Nm/4,750 rpm。変速機は7速 + リバース F1 (パドル・シフト)。DCT方式全長 4,570 mm・全幅1,910 mm・全高1,322 mm ホイールベースは2,670 mm 車両重量1,625 kg ハンドル位置は左/右あるそうです。最高速度は316 km/hに達するそうだ。先代はカリフォルニア30から後継ポルトフィーノに、カリフォルニアのビッグマイナーチェンジをしたモデル「カリフォルニアT」である。「T」はターボを意味し、直噴ツインターボを搭載。車幅が1,910mmもあるクルマがコインパーキングにはいってるのがふしぎです。イタリア語のコンプレッソーレ。英語でいうコンプレッサー、つまり過給機のことだそうだ。身近な言い方はターボチャージャー排気ガスの一部を使ってタービンをまわし、圧縮した空気をエンジン内へ送り込むシステムです。フェラーリが実用化したのは80年代の初頭のフォーミュラカーと言われている。聞く事によると、ターボラグのキツいかなりやんちゃなマシンだったものを、排気量が4,297ccから3,855ccへダウンサイジングされたもので、ターボを装備し、出力としては、先代のカリフォルニアの482PSから552PSに引き上げられている。乗りやすくなっている筈と書かれていた。なお、フェラーリのロードカーでターボ車を発売するのはF40以来なんだそうだ。V8エンジンをフロントに搭載するフェラーリのラインナップの中では、ラグジュアリーなキャラクターが与えられたリトラクタブルハードトップモデル。積載性にも配慮され、トランクスルー機構が与えられている。乗車定員は4名。トランスミッションは、ツインクラッチ式7速2ペダルMTが与えられている。エクステリアでは、丸型テールランプにウインカーとバックランプが内蔵された。ブレーキランプはリアエンド下部に設置。マフラーが縦2本配置から横2本となった。新型V8ターボエンジンに代表される様々な最先端技術が導入され、何度も言うが3,855ccのV8エンジンは、最高出力560cv(1リッターあたりの出力はこのクラスのエンジン最高となる145cv/L)を搭載。スペック的にいろんな角度で紹介させて来てしまったが、要はフェラーリには間違いない。そんな高性能の高価なクルマをこんなパーキングにいれて置くのは許されるののでしょうか?              コウジロウの独り言 

最高のクルマ!ランボルギーニ・アベンタドールが東京を走る。

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日本橋の交差点から中央通を皇居方向に曲がろうと颯爽と走り抜ける大好きなクルマランボルギ−ニ・アベンタドール。ウィングがついている事からSなのか?まあ?どうでもいいのかも知れません。アベンタドールなんですから!2011年3月1日より開催されたジュネーヴショー2011に発表された。デザイナーは、フィリッポ・ペリーニ。エンジンフードカバーのデザインは、カメムシの外観から発想を得たものらしい。発想が下品なので昆虫と言っておきたい。フロントやリア周りのデザインは、2007年のムルシエラゴ・ベースの車・レヴェントンと、2008年のコンセプトカー・エストーケと共通性を感じさせた。 カーボンファイバーモノコックを採用し、サスペンションはプッシュロッド式、エンジンは新設計のV12となっている。トランスミッションはマニュアルを廃止しセミオートマのみとなった。V-12エンジンを搭載。0-100km/h加速は2.9秒以下、最高速度は350km/h以上。ハンドリングの向上に注力した設計になっているという。なんと4WD。前後の駆動力配分は、0:100から40:60まで変化する。センターコンソールにパフォーマンスセレクターがあり、一般公道での走行に適した「ストラーダ」モード、シフトフィールが鋭くなる「スポーツ」モード、サーキット走行に適した「コルサ」モードの3種類から走りを選択できるらしい。かつてニッサンのアテーサなんか問題にならない位フレキシビティ対応のようだ。ただイタリア車だけに壊れないか心配になるが?2013年、ドバイでパトカーに採用されたのだそうだ。日本国内では2011年9月から販売された。ランボルギーニ ジャパンは東京都の国立競技場で記者発表会を開催したのだそうだ。2011年11月29日のこと。研究開発担当ディレクターであるマウリツィオ・レジャーニは「アヴェンタドールは競合他社の2世代先を行くもの。過去からのものをすべて否定し、再提言してゼロベースで作った」と、エンジン、トランスミッション、サスペンション、ボディーのすべてが新開発であることをアピールしていたらしい。 日本での価格は、当初4100万2500円だったが2012年8月1日に4197万3750円と改定された。但し、この写真にあるようなバージョンを手にしたいと思って4000万円用意しても直ぐに入手出来ないのだそうだ。youtubeの中古車情報を見ても、なんと7000万円出しても手に入らないと言われてるらしい。バリエーションがあっても品薄なのだそうだ。LP750-4 スーパーヴェローチェが写真のクルマか?やはりサイドポンツーンが違う!LP740-4 アヴェンタドールSではないか?2016年に発表されたアヴェンタドールの新世代モデルがS。新技術が多く採用、エクステリアは大幅な改良が加えられ、フロントのダウンフォースは130%も増加していると言われている。ランボルギーニのシリーズ・モデルとして初めて4輪操舵システムを採用している。サスペンションには、磁性流体ダンパーを使った「磁気レオロジー・サスペンション」が採用された。さらに、前後輪に駆動力を配分する4輪駆動システムや、粘性の検知度が高まったというESC、3段階に可変するリア・ウイングを備えたアクティブ・エアロダイナミクスなども含め、上記の電子制御システムが全て、新たに採用された「ランボルギーニ・ディナミカ・ヴェイコロ・アッティーヴァ」と呼ばれる制御ユニットで統合管理されると言う。ドライビング・モードには新たにドライバーの好みに応じてこれらの組み合わせをカスタマイズできる「EGO」モードが追加されたのだそうだ。色々な事を書いて来たが、音とそこで巻上る風は本当にランボルギーニ・アベンタドールなのだ。フェラーリはあったこともあったがさすがにアベンタドールのような車は我がマンションの駐車場にはいない。完成度の高いフェラーリに比べ、じゃじゃ馬なイメージのランボ!本当に京橋に向かって走って行った中央通に夏の熱風を予感させてくれた。  コウジロウの独り言 

Citroen DSの出会いはフランクフルトのタクシーだった。

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車名のシトロエン・DSは、フランスの本国では “スィトホエン「デ・エス」” と発音されるそうです。(所々ウィキペディアからの引用をさせて頂きます)語源は「開発コードの省略形」とも「Désirée Spéciale(デズィへ スペシアレ)」(特別な憧れ)の略とも言われるが詳細は不明である。同じ発音の「女神」という意味のフランス語「déesse(デエス)」を意味しているという説も根強いらしいのだが結局は定かでない。1955年から1975年までの約20年間、フランス車の主幹軸を担うモデルとして第一線にあり続け、改良を繰り返しながら合計で、約145万5,000台(うちフランス本国生産は約133万台)が製造されたのだそうだ。映画「ファントマ 」で空を飛ぶシーンがあったのもこのDS。自分は大好きな映画だった。覚えてますか?写真の説明をしよう!写真は何故か1974年のドイツ・フランジュフルトなのだ。そのタクシーにシトロエン・DSが使われていたのである。(ここからもウィキペディアから引用させて頂きます)当時としては極めて先進的・前衛的な空力デザインと、油圧動力による一種のエア・サスペンション機構を中心に統括制御する「ハイドロニューマチック・システム」」Hydropneumatic System を搭載した特異なメカニズム構成で知られている。ハイドロニューマチック・システムの油圧動力は、パワーステアリングや、ブレーキ増力機構(フロントに当時最先端のインボードディスクブレーキを採用)、クラッチ動作を自動化した半自動式変速機の制御にも利用され、乗り心地と操縦安定性を高水準なものとした。その実、ごく一般的な量産車として企画開発され、本国フランスではタクシーや救急車などの特装車にも酷使されるような、ありふれた量販車種であったとされている。エンジンのみが旧型モデルから流用された1.9L・OHVのロングストローク直列4気筒で、1960年代中期に新しいショートストローク型に置き換えられ、排気量も2L~2.3Lクラスに拡大されたが、水冷OHV直列4気筒のレイアウトは踏襲された。当初発売時、1.9Lで75HP・145km/hだった性能は、1972年の燃料噴射式最終型では2.3L、141HP・188km/hまで向上した。1999年には、全世界の自動車評論家・雑誌編集者等の意見を集めて選考された「20世紀の名車ランキング」であるカーオブザセンチュリーにおいて、1位のフォード・モデルT、2位のミニに次ぐ第3位の「偉大な自動車」という評価を得ていた。シトロエンは、古くは1950年代の「DS」からはじまって、「Ami」「CX」など、丸みを帯びた宇宙船のようなクルマをクリエイトしてきた。その流れを変えさせたのがベルトーネ時代のガンディーニ・デザイン。シトロエンBX。これを自分はこの後のるのであるが。直線を基調としたファストバックスタイルの大きなウインドウ、グリルのないツルッとした鉄仮面ノーズ。ブリスターフェンダーとはまた違う半分隠れたリアタイヤなど、いま見ても斬新なスタイリング。その中でGTIの上を行く最高峰のBX16Vに乗っていた自分。くれぐれもBX16VはGTIの名前は付きませんのでよろしく!と前のブログにしつこく書いていたのには自分でもちょっと恥ずかしいのだが!DSのボディは全長4.81m、全幅1.8m、全高1.47mという、1950年代中期のヨーロッパ車としては異例の大型。そのエンジンは初期形で1.9L、最終形で2.3Lに過ぎなかった。車重は1.2t〜1.3tと軽量なため、動力性能に大きな不足はなかったという。ボディデザインを手がけたのは、シトロエンの社内デザイナーで、トラクシオン・アヴァンや2CVのデザインも手がけたイタリア人のフラミニオ・ベルトーニとされている。ボディ部分は最低限の強度骨格のみを構築して、その外側にパネルを装着する「スケルトン構造」。この手法は、当時まだ梯子形フレームを用い、ボディを別構造としていたアメリカ車などに似ているが、軽量化と剛性確保は十分に配慮されてたのだそうだ。ボディパネルは部位により硬軟使い分けられ、ボンネットフードはアルミ製だったそうだ。屋根部分は強度部材である必要がないため、低重心化を狙って、当時最新の軽量素材であったFRP(繊維強化プラスチック)を用いた(DSのすぐ後に出現したスバル360も同様な手法を用いたとされている)。屋根部分は初期には色が薄く、日光を一部透過するほどであった。後には徐々に不透過性に改められた。とにもかくにも不思議なクルマでした。   コウジロウの独り言

ドイツハイデルベルグは霧に包まれていた。

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写真はドイツにあるハイデルベルグ城。当時は西ドイツ。1974年に撮影したものです。1800年以前に画家やデザイナーらはすでに、この街の城址と山あいの川が織りなすアンサンブルを知っていたのだそうだ。その頂点をなすのが、好きな画家の一人イギリスの画家ウィリアム・ターナーである。彼は1817年から1844年の間に何度もハイデルベルクに滞在し、ハイデルベルクとその城を描いた作品を何点か制作した。イタリアのベニスは印象にあるのだが、彼とかその他のロマン派の画家達の作品は、細部に忠実な建築描写を行ったものではない。そのタ−ナーの描く空気感のような写真の中にクルマ達はいた。ビートルを除く両サイドについて簡単に説明してみましょう。違うと思われても仕方がないのですが、左は1966 Ford Taunus 20M P5。ボディスタイルはやや保守的となり、より一般受けするものとなったそうだ。エンジンは12M系のV型4気筒をベースに新開発された 1498cc・1699cc に加え、20M にはタウヌス初となるV型6気筒が用意され 1998cc から85 - 90馬力を発揮した。当初、このV6 20M には、オペル・レコルトの6気筒モデルに比べて1400マルクも安い7999マルクの戦略的な価格が設定され、西ドイツ国内で最も廉価な6気筒乗用車となった。ボディーバリエーションに2ドアハードトップカブリオレも登場し、二代目同様好調なセールスを維持した。四代目・P7系 (1967-1968年)機構的には三代目を踏襲したが、ボディスタイルをアメリカ車風に一新した。2台ともこれのようだ!トップモデルとして「20M 2.3(2293cc 108馬力 最高速170km/h)が追加された。このモデルチェンジは大失敗で、翌年にはフェーズ2としてビッグマイナーチェンジを行なわざるを得なくなった。改良版はP7.2と呼ばれ、フロントエンドが一新された。また、「タウヌス」の名称が外され、単に「フォード・20M」などと呼ばれた。左のクルマがこれかも知れません。エンジンバリエーションは17Mの1498cc60馬力(最高速度)から新登場の26M(4灯式ヘッドライトが特徴)のV6・2550cc 125馬力(180km/h)まで多岐にわたった。1972年にはモデルチェンジされ、コンサル・グラナダとして、英国フォードのゼファー・ゾディアックと統合された新型車に生まれ変わったので、P7.2は最後のドイツ・フォードの独自製品となった。タウヌスTC (1970–1976)[編集]1970年に再登場したタウヌスは前述の通り12M・15Mの後継車種として登場した2・4ドアセダン、2ドアクーペ、4ドアワゴンであったが、設計は英国式であった。これは1968年のエスコート、1969年のカプリに次ぐ英独一元化政策の産物で、フォード・コーティナ Mk III とはセダンのリアフェンダーとルーフラインが異なる(タウヌスはノッチバック、コーティナはセミファストバック)ことと、クーペがタウヌスにのみ設定されていたこと以外はほぼ同じ設計であった。ドイツのタウヌス愛好家たちにとっては後輪駆動、直列シリンダーエンジン、リジッドアクスルリアサスペンションのTCシリーズは1950年代への逆戻りに他ならず、彼らはTCシリーズを"Barock-Taunus"と呼んだそうだ。また、中央部が突出したノーズデザインは1960年代末にGM副社長からフォード社長にヘッドハントされながら一年余りで解任されたサイモン・ナッドセンの命令でデザインされたと言われ、"The Knudsen Nose"と呼ばれたのも正しいじじつである。とにもかくにもこの三台のうち残っているのはVWビートルしかない事はこれまた事実である。  コウジロウの独り言

Ferrari F12berlinettaではなくFerrari 812なのか?

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こんなクルマを銀座で見かけた。写真はF12ベルリネッタ(F12berlinetta)ではなくFerrari 812だったのには驚いた。凄い事ですよね?Ferrari 812フェラーリ「812スーパーファスト」は、イタリアのスポーツメーカー、フェラーリによって、フロントにエンジンを積むFRフェラーリの最上級クーペであるF12ベルリネッタの後継車であり、フェラーリ史上もっともパワフルかつ最速の12気筒クーペとして開発された。この写真を見て違うと言ったのは友人のK氏。フェラーリ等イタリアのクルマにかけては右に出る人はいない。素晴らしくその触肢で観察してくれる。自分が調べても解らなかった車種を見事とに瞬時に見分ける様は大したものである。本題に戻ろう。ベルリネッタでも今までよりも、十分に「速い」といえたフェラーリが、更なる高みに挑戦したモデルというだけあって、ファンに注目されており、その正式な発表を多くの方が今や遅しと待ってるそうなのだ。ましてや300円コインパーキングに。元自分が勤めていた銀座の化粧品会社の前。今はベローチェなんてカフェになっている。よくこの場所でショーウィンドウの装飾で徹夜したものである。 中古車試乗してくれているロペライオチャンネルをよく見る自分にとって、ランボルギーニよりも安定した走りを提供していると言われているフェラーリの印象は高くましてその最高峰謎というクルマはどんなに素晴らしいものか?そしてFerrari812は、フェラーリが製造していたFRの最速のGTカー。なお、「ベルリネッタ(berlinetta)」はサブネームではなく、Ferrari 812は6.5L(6,496cc)V型12気筒ガソリン自然吸気エンジンをフロントミッドシップに搭載。最大出力800ps/8,500rpm最大トルク73.2kgm/7,000rpmと、まさしく最強クラスのスペックなのだ。加速性能については、・0~100km/h加速:2.9秒・最高速:340km/h以上という驚異的なパフォーマンスになっている。また、トランスミッションには専用ギアレシオのデュアルクラッチを採用しています。フェラーリの2017年現在における最新モデル「812スーパーファスト」は、今年で70周年となるプランシングホースブランドと歴史を歩んできたV12エンジンに新たな歴史を刻むだろうといわれています。さらに、今回の「812スーパーファスト」では、フェラーリでは以下の初採用仕様もあります。・スポーツ仕様のEPS(電動パワーステアリング)・SSC(サイドスリップコントロール)・PCV(バーチャル・ショートホイールベース2.0システム)「812スーパーファスト」は、プレスイメージの写真からも伝わってくるように、滑らかで彫刻のようなデザイン、コアであるV12エンジンのパワーを、ボディのフォルムでも表現したとされ、具体的には・フルLEDヘッドライト・新デザインのグリル・4灯丸型テールライトなどをエクステリアに採用。エンジンは6,496ccV型12気筒自然吸気エンジンをフロントに積み、トランスアクスル方式を採用し7速デュアルクラッチを介しリアを駆動する。F12ベルリネッタの6,262ccよりも234cc拡大され、出力は800ps/8500rpm、トルクは73.2kg-m/7000rpm。これは780psのF12TdFを凌ぐ。 フェラーリ初の電動パワーステアリングを採用。またF12tdfに採用された四輪操舵システムをさらに進化させ812スーパーファストにも採用。フェラーリではこれをバーチャル・ショートホイールベース2.0システムと称している。これらはフェラーリの挙動制御システムである、サイドスリップコントロールと連動させるものとみられる。カラーリングは、フェラーリ70周年を記念した特別色「ロッソ・セッタンタ」というヴィヴィッドな赤色が準備されるとの事です。この写真の黒色が何を意味するのか?812スーパーファストでもなくその中間車種なのか解らない。インテリア面では、快適性とスペースを維持しながらも、エクステリアに合わせた非常に高いデザイン性で構築されるようです。特筆すべきは人間科学に基づいた新型シート。詳細は未定ですが、「運転」というよりはもはや「操縦」に近い形となっているそうで、猛スピードでの移動が可能になっている。まさに未来派スポーツカーと言えましょう。「812スーパーファスト」の価格は税込みで3,910万円になります。日本国内におけるF12ベルリネッタ3,730万円という価格になっています。ベルリネッタもさらに高いフェラーリとなり注目が集まっています。ディーラーや中古屋さんの集まる環八に行かなくても、銀座で平気で会える。東京はクルマの宝庫である。本当に今まで3回訪れたイタリアでフェラーリを見たのは2〜3回しかない。  コウジロウの独り言 

THE MOST BEAUTIFUL FOUR-DOOR GT.

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なんとこのクルマの撮影場所は6月の鴨川シーワ−ルドの仮説駐車場。2009年9月のフランクフルトモーターショーで発表され、2010年第1四半期に製造開始、第2四半期に販売開始される。アストンマーチンは4日、新型車『ラピード』(RAPIDE)の価格を発表した。英国では13万9950ポンド(約2100万円)からの設定で、デリバリーは2010年4月ごろ開始された。となっていた。パナメーラとの比較で全幅は1.07倍。全長で1.13倍.と自分のVOLVO-V40と比較。このアストンになると1.15倍の長さで1.18倍の幅となっている。とにかく長い印象である。参考までに価格は7倍も高いのである。新型ラピードは、アストンマーチンにとって久々の4ドアモデルで、世界で最もエレガントで機能的、ラグジュアリーな4ドアスポーツカーをテーマに開発されたクルマとされてます。外観のデザインは、『DBS』や『V8ヴァンテージ』などと同様に、ひと目でアストンマーチンとわかるアイデンティティを保ちつつ、クーペのように流麗なフォルムを持つ4ドアボディを完成させている。ボディサイズはっ前述に述べている様に全長5019×全幅2140×全高1360mmで、ポルシェ『パナメーラ』(全長4970×全幅1930×全高1417mm)と比較すると、ラピードは49mm長く、210mmワイド、57mm背が低いことになる。心臓部のエンジンは『DB9』と基本的に共通の5935ccのV12で、フロントミッドシップにレイアウト(フロントの車軸とリアの車軸の間にエンジンがあるのだが、フロントにあるのがフロントミッドシップという)。最大出力477ps/6000rpm、最大トルク61.2kgm/5000rpmを引き出す。VOLVO V40のエンジンと比較すると3.7倍も大きい。トランスミッションは「タッチトロニック2」と呼ばれるパドルシフト付きの6速AT。0‐100km/h加速は5.3秒、最高速は303km/hと、4ドア屈指のパフォーマンスを発揮する。以前、ラゴンダ・ラピード(Lagonda Rapide)は、イギリスの高級スポーツカーメーカー・アストンマーティンが1961年から1964年まで生産していた4ドアGTカーがあった。そのラピードコンセプトの市販版に相当し、本格的な開発は2007年6月に開始された。エンジンの製造はドイツのケルンにあるアストンマーティンエンジン工場で行われるが、英国本社ゲイドン工場の生産能力不足のため、現在最終組み立ては同社の提携企業であるマグナ・シュタイアのオーストリア グラーツ工場で行われているらしい。英国本社ゲイドン工場の拡張により2012年後半から、その他のスポーツカーモデルと同様、英国ゲイドン本社工場での生産に変更されているとなっている。なお、車名の「Rapide」は、1961年から1964年まで製造された同社の4ドアセダンであるラゴンダ・ラピード (Lagonda Rapide) が由来となっている。DB9と基本的に共通となるオールアルミニウム製のV型12気筒5.9リットルエンジンが搭載され、パドルシフト付のZF製6速AT「タッチトロニック2」が組み合わせられる。最高出力477PS、最大トルク61.2kgf·m。最高速は296km/h、0-100km/h加速は5.2秒を記録している。フロントミッドシップ、後輪駆動のトランスアクスルが採られており、他のアストンマーティンのモデルと同様にアルミニウム製のVHプラットフォームが採用される。それにより、前後重量配分は理想的な49:51を実現している。サスペンション形式は前後ともダブルウィッシュボーン式。ショックアブソーバーのセッティングを路面状況に応じて変える「アダプティブダンピングシステム」なんて言うのも採用されている。タイヤにはフロント245/40R20、リア295/35R20のブリヂストンPOTENZA S001が装着されているそうだ。リアゲートを持つ5ドア車であるがキャビンは小さく、またピラードハードトップのクーペ風デザインがなされている。また、3代目V8ヴァンテージやDB9、DBSなどと共通のテーマを持たされており、アストンマーティンのそのままのアイデンティティが表現されている。4枚の前後ドアは縁石などへの干渉を防ぎ、車内へのアクセスをしやすくするために、14度上方に開くように設計された「スワンウイング」ドアが採用されている。インテリアでは、独立4座のシートで、後部座席については左右独立での電動フォールディングが可能となっているらしい。よく飯田橋でもお見受けしてる車両なんですが、白いのは初めてでした。我々のドライブも4人で鴨川まで来ており,このようなアストンマーティンなんかで来れたら「夢のまた夢」になりそうである。愛車ともどこか基本的に近いディティールの持ったクルマに見えるんですがね?                         コウジロウの独り言