ランボルギーニ・アヴェンタドール+エイムゲインエアロパーツ・SUPER VELOCE RACING

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Photo by Kojiro

ご存知の通り、アヴェンタドール・Aventadorは、イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニが2011年から2018年まで製造していたスーパーカー。もう製造してないんだって知りませんでした。そのアヴェンタドールに日本のエイムゲインのアヴェンタドール用新作エアロが製造・販売されているとの事。この写真では写ってないだが以前のパーツ価格をご紹介しておきましょう。東京オートサロン2019で出品されていたエイムゲインのエアロ。エイムゲインとは、エアロ・車高調・マフラーといった外装パーツの新作を次々と発表しているメーカーで、 業界で勢いのある会社と評判。特にVIPとユーロを取り入れたエアロはたいへん好評で、エイムゲインのマフラーに至っては、20種類以上の多彩な形状のラインナップがあり、様々なユーザーが自分だけのドレスアップを行えることで、広く利用されている。 ランボルギーニアヴェンタドールが対象で・パーフェクトキット 1,519,806円 (税込 1,641,390円)・フロントバンパー 559,926円 (税込 604,720円)・フロントスプリッター 119,981円 (税込 129,580円)・サイド 239,963円 (税込 259,160円)・リアディフューザー 279,963円 (税込 302,360円)・ステルスGTウィング 679,907円 (税込 734,300円)となっていた。当然これよりはるかにおとなしいエアロでもこんな値段となっている。

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Photo by Kojiro

フルエアロでしたら、小型車一台分の価格です。スペイン・サラゴサの闘牛場において1993年10月から活躍した雄牛の名からとられたアヴェンタドール。そのSVRとは?後ろのエアロを今回ご紹介できる写真がなく、OPTIONのホームページから引用させてもらおうとしたのですが今回はご遠慮させていただきました。アヴェンタドールは2016年3月で生産台数が5,000台に達し、人気が出すぎていたのだ。日本で入手しようとすると、中古車でも新車より高いお金を出しても半年以上待ちが続いたそうだ。この辺はロペライオ・チャンネル(中古車販売業)をyoutube等で見ていただければ確かなことです。ランボルギーニがAventador(アヴェンタドール)とともに世に送り出した画期的な革新技術は、ランボルギーニの代名詞とも言えるスーパー・スポーツカーの新時代到来を告げました。さらにAventador SV Coupé(アヴェンタドールSVクーペ)は、これまでのコンセプトを一新したモデルなんだそうだ。何が革新的なのかもわからなくなってきた昨今、シャープにカットアウトされたデザインは、流体力学の恩恵を享受するべく綿密に設計されたものだそうだ。一目でランボルギーニとわかる特徴的なデザインを受け継ぎつつ、「機能あってこそのフォルム」を体現しました。Aventador SV(アヴェンタドールSV)ならではのスポーティーな個性を物語るのが、そのライン。また、エアベントやリアスポイラー、バンパーに使用されている超軽量カーボンファイバーをはじめとする素材使いも、軽やかさと敏捷性を際立たせています。その上Rの称号をもらったエアロパーツはファッションだけではないですよね?

コウジロウの独り言

渋谷ヒカリエに「パリのアメリカ人」はいた。

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2019年、劇団四季が届けてくれた最新作は、心も躍る上質なミュージカルだった。2015年にトニー賞4部門に輝いた『パリのアメリカ人』でした。2019年2月23日(土曜日)に義理の弟が勤めているオリンパスの人事部・組合合同の福利厚生の一環として?前から予約を入れてくれていたのである。金曜日に大風邪をこじらせ声が出なかったので、早引きをさしていただいたのにもかかわらず、翌土曜日にヨガまでサボり来てしまったのである。なぜか開演前に軽食が出るということで、ブランチを少々いただくことになった。当然、同じ会社の方々の手前なのか?皆はまだ頼んでいない飲みもの「ウィスキーを炭酸で割ったものをください」と言ったら「ハイボールですね?」と言ってこ快く引き受けてくれた。他の方々は、ジュースかビールでした。軽食「ペンネやマッシュポテト・ソーセージ」と「ハイボール」は風邪をひいてる自分と義理の妹には本当に喉越しが良かった。このミュージカルのベースになっているのは、僕が生まれた次の年の1952年にアカデミー賞を受賞した同名の映画。“アメリカ音楽の魂”と称されるガーシュウィン兄弟の代表曲が散りばめられた名作。映画の内容をさらにふくらませた物語と、イマジネーションをかきたてる新しいダンスによって、この作品は初めて舞台化され、2014年にパリで公演がスタート。翌年にはニューヨーク・ブロードウェイに進出。トニー賞で振付賞、編曲賞、装置デザイン賞、照明デザイン賞を獲得しました。だからなのか?と言わせるほど全てが完成されていた。また劇団四季の『リトルマーメイド』、『アラジン』などでも知られる、ボブ・クローリーによる舞台美術も見どころのひとつ。すべてが洗練されたアートとなって溶け合い、我々を魅了させてくれていた。あまり好きではないミュージカル。だがキャッツからライオンキングとアニメ的ミュージカルから入った自分には、ディズニーミュージカルを見てるように みせられる。戦争に傷ついたパリの街で、若者たちが新しく見出す、芸術と愛の光。深い感動を呼びおこす物語を、小粋で華やかなステップで見せられていった。贅沢なひとときを本当に過ごさせてもらった。「渋谷ヒカリエ」とすることが2010年4月14日に発表されて以来きたことがなかった渋谷ヒカリエ。地下3階から8階までの商業スペースが2012年4月26日、11階から16階までの「東急シアターオーブ」が同年7月18日に開業とされて以来来ていなかった。東京都渋谷区の渋谷駅東口に位置する東急文化会館跡地に建設された複合商業施設。そうあの五島プラネタリュームがあった場所 。2012年(平成24年)のグッドデザイン賞を受賞してるんだそうだ。とにかく踊りが凄い!背があまり高くないキャスト・ジェリー・マリガン役の松島勇気氏そしてメインのダンサー・リズ・ダッサン役の近藤合歓派とてつもないバレー的ダンシングのうまさをキワ立たせてくれていた。あのジバンシーを彷彿させるファッションにつつ積まれて、オードリのように日本人離れしたダンスは本当に素晴らしかった。ただ残念なのはあのガーシュインの名曲がもっと聞きたかった。これにはラプソディー・イン・ブルーは出てこなかったので!

コウジロウの独り言

26フィートのソレイユルボンと木造船。葉山か逗子マリーナに停泊中のワンショット。

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逗子マリーナ(ずしマリーナ)は、神奈川県逗子市小坪の相模湾沿いにある複合施設。写真は今から35年ぐらい前のもの。昭和である。だから記憶も曖昧なんですが?今現在の敷地内にはマリーナ(ヨットハーバー)を中心に、マンション、レストラン、スイミングプールなどがある。この辺では最高のロケーション。僕の大好きなパームツゥリイがたくさん植えられていて、晴れた日などはハワイなんかより美しくみえる気がします。最初は西洋環境開発によって開発・運営され、今ではリビエラ・グループの運営となっているそうだ。9棟の分譲マンションとか、5箇所の会員制宿泊施設のほか、株式会社リビエラリゾートが運営するハーバー、結婚式場、レストラン、プールなどによって構成されているそうだ。ハーバーには海上係留と陸上艇置併せて約280艇のクルーザー及びボート、ヨットを置く事が出来る他、ビジター用バースもある。さらに「リビエラヨット倶楽部」でクルーザーやヨットのレンタルや新艇、中古艇の購入、メンテナンスが出来るほか、「マリンクラブ・シースタイル」の会員向けのクルーザー、ボートレンタルも行っているとの事。さらにディンギーや自転車などを借りることもできる。マンションは分譲された住戸のほか、会員制リゾートクラブの「逗子マリーナオーナーズ」が運営されている。と書いてみたものの、もしかして、写真は当時の葉山マリーナなのかもしれませんね?何故ならば陸上からも海からも逗子マリーナにはあまり行った記憶がないからです。もう30年以上も前の写真なんですからよくわかりませんね。停泊したのはソレイユ・ルボン26フィートと木造船。僕ら兄弟が乗せてもらってきたのがこの木造船。何回かコノ船はこのブログに登場はしてきてるんですけれど。なんとこのソレイユ・ルボンよりも値段は当時で1.5倍ぐらい高かったそうだ。22フィートしかないのに?木造船は作りが芸術的だからなのかもしれません。この木造船は「あぶずり港」と「旧葉山港」に停泊されていた。あの石原慎太郎の「コンテッサjr」の横に停泊してたもの。言うなればヨット乞食の我々が点々と移るのにふさわしい場所だった。ソレイユルボンは憧れのヨットだった。キャビンや内装は目を見張るものがあり、1週間ぐらいの船旅でも8人ぐらいまでだったら平気そう。なぜ葉山マリーナにシシュエーションを変えようと思ったのかというと、当時の逗子マリーナはセンターボードのキールが長いと湾内に入って行けずキールの短い船ばかりが丘にあげられていたからです。このソレルも名前の忘れたこの木造船もこの湾内ぐらいだったらオーケーだったのですがこれ以上奥に入ると本当にづっこけてしまうからです。この風景の中で子供達とわきあいあいとしてそうですが、操船してる時はいいんですが停泊している船に乗っているとすごく酔うんです。今思うとそんなに楽な操船はできなかった気がします。ただこの頃は楽しかった思い出ばかりです。     

コウジロウの独り言

チタ製22フィートセイルボートクルーザーとシーボニア。

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2019年も2月がまた過ぎようとしている。まだ寒いですね。来週は暖かくなるそうで、昔ならばそわそわして春スキーに行くか、ヨットの整備にでも行くか?週末が忙しくなる。また、前回のブログと同じような写真が見つかった。ヨットハーバーのシーボニアをバックにそのマンションを臨んでいる。写真はモノクロ。船はチタ製で22フィート、品種名は不明ですが前のオーナーが昔の人には有名な作曲家だったためFon−jrと命名していた。苗字から英語読みした名前ですが。ここはあまり詳しくは言えませんのですが。今はもうシーボニアにも存在していないらしい。操船しているのは自分、つまりブロガーである。顔を出せないため、サングラスをまたかけました。ちょっと不自然ですね。こんなにこの頃操船できるなら自分がエクステリアのペイントデザインをやればよかったとつくづく思います。この着用してるものはディンギーヨット用ブーツ、当時で1万円位で一番高額。シャツはHAWAII-5-O用のセキュリティオフィサーが着ていたハワイで購入したものとサーファーパンツと機能優先のいで立ち。このブーツを履いてるとチョット格が上に見られた。暖かい穏やかな小網代湾を出た相模湾の入り口。仮称ですがチタ22フィートのエクステリアペイントのデザインは以前の会社の自分の上司にあたるチーフデザイナーが依頼されてやった。ただ2本のブラックとレッドのラインが入ってるだけだった。自分だったらこうしたいとアイデアはあったのだが、まだヨットをはじめる前だったので依頼さえこなかった。ヤマハ・ヨット・シカーラは所有していたのですがこのクルーザーのオーナーは当時の会社の社長。決してレースに出るわけでもないブルーウォーター派の自分は会社のヨット部の部長に名前だけが載っていたらしい。だから当時は5月の連休とか夏休みでこちらをオーナーが利用しない時は借りることができた。ヨット部と載っていたらしいというのはなぜか最近知ったのである。シーボニアの陸置きなので一回上げ下げするのに何千円かかっていたみたいです。自分個人では到底無理なもの。シーボニアとは三浦半島最南端のプライベートなリゾート。ヨットマンの聖地、リビエラシーボニアマリーナと正式には云うらしい。謳い文句に「関東圏とは思えないほどの大自然と穏やかな湾。マリンリゾートとして理想的な環境に恵まれた「リビエラシーボニアマリーナ」は、プロ志向のヨットマンをはじめ、海の楽しみを追求する多くの人々に愛されています」と書かれたます。シーボニアヨットクラブは、1968年創立の日本の代表的なヨットクラブの一つで、クラブ 会員数は300名の限定となっているそうだ。この自分をみてください。モノクロだけに分かりづらいのですが色合いは前回のブログを参照してください。メインセイルを汚くまとめてエンジンで出航したところ。ライフジャケットもつけずに出航。違反ですね?この絵ではわからないのですが、ちょっと風の強い日にジブセイルをストームで出かけて行ったこともあり、周囲のヘビーヨットクルーから笑われたこともあった。この日は本当に静かな海だった。ほのぼのとした温暖なサウスウィンドの空気を吸いながら、こんな1日を日本の最高のリゾートで過ごしたこともあったのです。 コウジロウの独り言

ヤマハ製シカーラとWINDSURFER製ウインドサーフィン。

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平成が終わろうとしてる2019年・一月もすぐに終わろうとしている。ここんとこ朝晩寒いですね。そんな時にちょうどいい写真が出てきた。暖かい穏やかな小網代湾でヤマハディンギー・シカーラとWINDSURFER製のウインドサーフィッンを操船してるシーンである。ヨットハーバーのシーボニアを背にウインドサーフィンを操ってる方は、当時務めさせていただいていた会社の社長。現会長。60半ばを超えた自分と同じぐらいの年だったのだろうか?そのくらいだったのかもしれません?1980年の夏の一コマ。自分だったらとても今できるわけがない。ちょうど「釣りバカ日誌」を表してるようなシーン。ディンギーは自分がオーナーとなるのだが、こんなにまともに操船をしてる写真は滅多になかった。ウインドサーフィンのセイルの形は今は3分の一が透明な素材でできているのが多く、それとは透明部部分が少なくちょっと異なる。それを除くとそんなにも変わってないのかも?WINDSURFER1980~1990年、一世を風靡したマリンスポーツ「ウインドサーフィン」。この頃でもセールのデザインはモダンである。バテンの数や形状が異なる。この頃、多くのウインドサーファーが愛用していたのが 「サーファー艇」と呼ばれる道具らしい。WINDSURFERのホームページに書かれてるのですが!「初心者~上級者でも誰もが乗りやすいシンプルなデザインのボードと言われている。風に揺らめき海に 映える色鮮やかなセイル。ウインドサーファーの憧れだったのだそうだ。時が流れ、たくさんのメーカーから新しい道具が生まれ、進化し、楽しみ方によって使う道具も細分化されました。 そして、今、ウインドサーフィンの原点、ウインドサーファー艇が復活したんだそうだ! では、何故いまさらウインドサーファー艇なのか?そんな時代の流れの中でも、「やはりあの頃の道具はよかったね」「今はもう販売してもらえませんか?」そんなお問い合わせを 多くいただいていました。まず1つは、どんな技量の方でも幅広い方が「ウインドサーフィン」を楽しめる道具だということ。風をつかみ、風と一緒に海の上を進む感覚を初心者の人に是非とも習得してもらいたいのです」写真を見てください。ディンギー・シカーラの方はセイルをシバーさせ操船が不安定になってるのにもかかわらず、ウインドサーフィンの方は、見事に優しく風を捉えてる。生簀も少なかったのか、絶好のウインドサーフィンのエリアですね?自分は静かな「シャバ、シャバ」という波の音とバシッ、シーフィーというセイルに流れる風の音が大好きでした。今から数年前の東北の震災以来、静けさを若干取り戻したものの、災害はやなものである。災害の被害はは最小限で止まったものの、この周辺のエリアは水上バイクジェットスキーでとてもうるさくなっていた。あの頃の静かな海はもう帰ってこないのか?地震のない日本が証明され、身体が許してくれればマリンスポーツに戻ってみたいものである。

コウジロウの独り言

地域の観光資源に着目した『界KAI 加賀 星野リゾート』。

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我々・家族3人は兼六園・21世紀美術館・西茶屋を後にすると『界KAI 加賀 星野リゾート』石川県にある加賀伝統の温泉宿に向かった。石川県加賀市山代温泉野中に「星野リゾート 界 加賀」がある。最近ではこの星野リゾート系の宿泊施設を利用せていただいている。福島に軽井沢そして熱海と!「星野リゾート リゾナーレ熱海」は部屋がやたら広くモダンな印象で、熱海の景色が一望でき、この加賀とは180度違うタイプだった印象がある。そして福島 「磐梯山温泉ホテル」この印象もまるで違うタイプのホテルだった。熱海と福島の「星野リゾート」は朝夕食ともにバイキング形式で熱海より福島の方が美味しかった印象がある。熱海と福島と今回の宿泊宿の系列が同じとはまるで思いもつかなかった。一番食事が良かったのは当然今回の「星野リゾート 界 加賀」であるのだが、「界」がつくかつかないかでこんなにもスタイルが違うとは思わなかったのである。 星野社長の経営手腕はどこに着目して運営しているのか興味が湧いてきた。調べてみると以下の通りの答えが書かれていた。星野リゾート=旅館を所有せず運営に特化した「やめる」決断の強みを星野佳路氏はもっていた。日経=ビジネスパーソン必読の「最新コンテンツ」から、星野リゾートの概況が見えてくる。『1914年に開業した星野温泉は、開業当時「明星館」という名で、この名称は歌人与謝野鉄幹、晶子夫妻が名付け親と言われています。大正から昭和にかけて軽井沢は多くの文化人、著名人が利用する避暑地として栄え、「星野温泉」も与謝野夫妻の他、北原白秋島崎藤村などが逗留していたと伝わっています。日本の古き良き時代、温泉旅館が国内旅行の主流だった時代は過ぎ、バブル崩壊と共に旅館業が斜陽を迎えた1991年4代目当主として星野佳路氏が社長に就任します。この当時、軽井沢だけで観光業を営んでいた中小企業に過ぎなかった「星野温泉」はその後、1995年「株式会社星野リゾート」に改名、温泉旅館を所有し運営するオーナー制からの脱却を図り、リゾート施設の運営管理に特化したマネジメントを打ち出します。2005年にはゴールドマン・サックスと提携し資産管理部門を分社化。そこからREITと呼ばれる不動産信託事業を介して、更なる資本提供、出資者を募ることでビジネスモデルの拍車化に成功します。現在は、国内の再生事業の他、日本初のラグジュアリーホテル「星のや」、地域の観光資源に着目した「界」、日本の和を世界に発信する都市型ホテル「OMO」などの運営を行い、グローバルに発展し続けています。星野リゾートを、軽井沢の温泉旅館から日本を代表するリゾート運営会社に成長させた星野佳路代表(56)。リゾート業界のカリスマ、風雲児などと呼ばれ、斬新な発想や経営手腕は、海外からも注目を浴びる』と描かれている。その『加賀 星野リゾート「界」』に訪れたのである。

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前述にもあるように、「金沢兼六園」そして「21世紀美術館」を拝観して『加賀 星野リゾート「界」』に向かった我々は金沢県の県境近く夕方ようやく『加賀 星野リゾート「界」』に着いた。正式名称はなんだろうとホームページをめくると『界KAI 加賀 星野リゾート』となっている。ここは地域の観光資源に着目した「界」であることは確かである。長々と書いてきたがここで献立メニュウと夕・朝食の献立をご紹介しておきましょう。

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2019.1.11 東京オートサロンに行ってきました。

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東京オートサロンは、1983年にチューニングカーマガジン「OPTION」誌初代編集長が、カスタムカー文化を世に広めるべく「東京エキサイティングカーショー」としてスタートしたそうです。モーターショーと比較するとはるかにその歴史は新しい。2005年のモーターショーの文面にこのように書かれてました。「1954の第1回全日本自動車ショーから50年という節目の年に開催された第39回東京モーターショーは10月21日(金)から17日間、千葉市幕張メッセで開催され、会期中の総入場者数は151万2,100人となった」と2005年で50年なんで2年に一回なのでその間20数回実行された計算になる。2017年が第45回東京モーターショー」だった。江東区有明東京ビッグサイトにおいて10月27日(金)から11月5日(日)までの10日間の会期で開催。11月5日(日)午後6時に閉幕致しました。なんと10日間もやっていたのだ。第46回東京モーターショー2019は2019年 10月24日(木)から11月4日(月・祝)まで、東京ビッグサイト江東区有明)を中心に開催することを発表している。開催期間がなんと2週間以上もある。自動車工業会の豊田会長の考える事なので何か期待できる。東京オートサロンは毎年行われるのでその歴史はすぐにモーターショーを追い抜くと思っていたのですが今年で37回目となっている。算数のわかる人だったら計算して行くといつかは抜く計算になる。オートサロンは1987年の第5回からは「東京オートサロン」に名称を変更し、会場も晴海から有明、そして幕張メッセと開催場所を変え、年々規模を拡大して行ったのだった。丁度モーターショーの逆になっているのも面白い。最近での開催では自動車メーカーも出展し、オートサロンに合わせて新車発表を行なったり、各種パーツの展示販売や、レーシングマシンのデモランや豪華アーティストが出演するライブステージを開催するなど、コアな自動車ファンだけでなく、自動車を利用する家族連れでも十分に楽しめるビッグイベントにまで変化発展しているようだ。

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第37回目となる「東京オートサロン2019」では、前回に引き続き1~11ホールを加えイベントホールも使用して、東京オートサロン史上でも最大規模の世界最大級のカスタムカーイベントとして開催。とある。ただ自分の感想なのだが、あまり進展してないように感じた。オプショナルパーツの扱っている中堅の製造会社は多く出店されてるようなのだが、零細企業で細かくインタレストをそそるメーカーは少なくなってきてる気がした。なぜと言われてみるとランボルギーニ・アベンタドールやフェラーリの新型「Capital Markets Day」に登場していた商品ラインナップが来ていなかった事だ。最新のフェラーリは大きく4種類に分類する。『488』シリーズや『812スーパーファスト』が属するのが「スポーツカーレンジ」・『ポルトフィーノ』や『GTC4ルッソ』が属するのが「グラントゥーリズモレンジ」・『488ピスタ』などの特別モデルが属するのが「スペシャルシリーズ」:少量限定モデルが属するのが「ICONA」となるとされる。それらの一部でも 見れていたなら何か新鮮味でもあったのだろうが、そういったものが見られなかった。当然、スポーツカーレンジのF1の技術を応用したハイブリッドテクノロジーを導入する予定の車両や、2021年までに、全車種ハイブリッド化を目指す車両のモデル。とか見たかったのである。ほとんど外車ショーを期待してるのかもしれませんが。グラントゥーリズモレンジには、プラグインハイブリッド(PHV)パワートレイン車を設定する計画だ思想なのだが、こういったものはモーターショーや輸入車ショーになるのかもしれませんがね。なお、このグラントゥーリズモレンジには、フェラーリ初のSUVも含まれると見られるらしい。そんなこんなでクルマはの祭典があるというのは本当にウキウキさせてくれるものだ。当然ニッサントヨタ、ホンダ、マツダとそしてスバルとスズキ。優秀な日本のメーカーのスポーツ、ラリーカーなどの出展もあり賑やかせていた。残念だったのはトヨタスープラの次期モデルが発表されてなかったこと。(後日、スーパーGT等で出品されていたことがわかったのだが、我々の手の届くか買うになるということまで言われてたのがきになるのだが?)海外の自動車ショーでトヨタ社長が発表されてたようで、BMWとコラボレーションしているらしいのだが、はやくみたかったですね。だからこそ本年に開催されるモーターショーが待ちどうしいのす。          コウジロウの独り言