地域の観光資源に着目した『界KAI 加賀 星野リゾート』。

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Photo by Kojiro                              

我々・家族3人は兼六園・21世紀美術館・西茶屋を後にすると『界KAI 加賀 星野リゾート』石川県にある加賀伝統の温泉宿に向かった。石川県加賀市山代温泉野中に「星野リゾート 界 加賀」がある。最近ではこの星野リゾート系の宿泊施設を利用せていただいている。福島に軽井沢そして熱海と!「星野リゾート リゾナーレ熱海」は部屋がやたら広くモダンな印象で、熱海の景色が一望でき、この加賀とは180度違うタイプだった印象がある。そして福島 「磐梯山温泉ホテル」この印象もまるで違うタイプのホテルだった。熱海と福島の「星野リゾート」は朝夕食ともにバイキング形式で熱海より福島の方が美味しかった印象がある。熱海と福島と今回の宿泊宿の系列が同じとはまるで思いもつかなかった。一番食事が良かったのは当然今回の「星野リゾート 界 加賀」であるのだが、「界」がつくかつかないかでこんなにもスタイルが違うとは思わなかったのである。 星野社長の経営手腕はどこに着目して運営しているのか興味が湧いてきた。調べてみると以下の通りの答えが書かれていた。星野リゾート=旅館を所有せず運営に特化した「やめる」決断の強みを星野佳路氏はもっていた。日経=ビジネスパーソン必読の「最新コンテンツ」から、星野リゾートの概況が見えてくる。『1914年に開業した星野温泉は、開業当時「明星館」という名で、この名称は歌人与謝野鉄幹、晶子夫妻が名付け親と言われています。大正から昭和にかけて軽井沢は多くの文化人、著名人が利用する避暑地として栄え、「星野温泉」も与謝野夫妻の他、北原白秋島崎藤村などが逗留していたと伝わっています。日本の古き良き時代、温泉旅館が国内旅行の主流だった時代は過ぎ、バブル崩壊と共に旅館業が斜陽を迎えた1991年4代目当主として星野佳路氏が社長に就任します。この当時、軽井沢だけで観光業を営んでいた中小企業に過ぎなかった「星野温泉」はその後、1995年「株式会社星野リゾート」に改名、温泉旅館を所有し運営するオーナー制からの脱却を図り、リゾート施設の運営管理に特化したマネジメントを打ち出します。2005年にはゴールドマン・サックスと提携し資産管理部門を分社化。そこからREITと呼ばれる不動産信託事業を介して、更なる資本提供、出資者を募ることでビジネスモデルの拍車化に成功します。現在は、国内の再生事業の他、日本初のラグジュアリーホテル「星のや」、地域の観光資源に着目した「界」、日本の和を世界に発信する都市型ホテル「OMO」などの運営を行い、グローバルに発展し続けています。星野リゾートを、軽井沢の温泉旅館から日本を代表するリゾート運営会社に成長させた星野佳路代表(56)。リゾート業界のカリスマ、風雲児などと呼ばれ、斬新な発想や経営手腕は、海外からも注目を浴びる』と描かれている。その『加賀 星野リゾート「界」』に訪れたのである。

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前述にもあるように、「金沢兼六園」そして「21世紀美術館」を拝観して『加賀 星野リゾート「界」』に向かった我々は金沢県の県境近く夕方ようやく『加賀 星野リゾート「界」』に着いた。正式名称はなんだろうとホームページをめくると『界KAI 加賀 星野リゾート』となっている。ここは地域の観光資源に着目した「界」であることは確かである。長々と書いてきたがここで献立メニュウと夕・朝食の献立をご紹介しておきましょう。

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