タワーブリッジとテムズ川。

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Photo by Kojiro

写真は英国ロンドンのタワーブリッジである。タワーブリッジ(英語名: Tower Bridge)は、イギリスのロンドン市内を流れるテムズ川に架かる跳開橋。1886年に着工し1894年に完成したそうです。可動部分は初期の頃は蒸気機関で水をパイプに通して跳開部の端に水圧を掛け、シーソーの原理を利用して開閉していたが現在は電力を利用しているのだそうだ。イギリス指定建造物の第一級指定建築物に指定されているとのこと。東京の勝どき橋とよく比較され、勝どき橋は開閉機構を駆動する電動機は速度制御の容易な直流式を採用したのだそうだ。当時は大電力の整流手段が未発達であったため、電力網から供給される3300Vの交流で電動機を回転させて直流発電機を駆動し、任意の電圧の直流を得るワード・レオナード方式が用いられたとのこと。モーターは、出力が125馬力で2台あり、使用状況は通常は1台ずつ、強風や降雪など天候・環境の悪化した時は2台ずつで行った。モーターボートの性能のいいエンジンぐらいの出力しか無い。開閉機構の機械は中央部の橋梁内部に収められており、前述の交流電動機と直流発電機は専用の変電設備(現:勝どき橋の資料館)に設置されているそうだ。同様にタワ−ブリッジも電力仕様に変わってしまっている。当たり前と行ったら当たり前の事であるのだが、ちょっと淋しい。自分がこの橋を渡ったのはバスで1974年の卒業旅行の時と前に在籍していた化粧品会社の研修旅行の2回。2回目は30歳後半の頃。それでも25年以上前になる。妙に逆光がバスの窓から入って来たのを覚えている。当然安い中華料理やに行く途中 の事。2回とも同じ路線だった記憶がある。タワーブリッジの長さは244m、左右にあるゴシック様式のタワーの高さは65mあり、内部は展望通路・歴史博物館がある。タワー間の橋桁の長さは61m、上部橋の高さは44mである。塔のデザインは鉄塔を腐食から守る目的と、名前の由来ともなっている付近のロンドン塔の景観への配慮から、コーンウォール花崗岩ポートランド石(英語版)で覆われている。19世紀後半、イーストエンド・オブ・ロンドンの商業発展のためロンドン橋の下流に新たな橋が求められた。しかし、ロンドン橋とロンドン塔の間にプール・オブ・ロンドンが存在し、入港の障害となることを避けるため固定された橋の建設はできなかったと言われている。この問題を解決するため1876年に設立された委員会は、デザインの公募を行い、テムズ川を横断する方法を模索した。橋タワー上部には跳開用の水を流すパイプを通すために、跳開時用の歩道橋が設けられた。タワーの階段を上って通行できた上部橋は利用者が少なかったことから1910年に閉鎖されたが、エレベーターが設置されて1982年に展示室として公開された。1974年のこの写真と外観は違っているはず。テムズ川に最初に架けられた橋はこのタワーブリッジのひとつ上流にあるロンドン橋(London Bridge)なぜか東京のゲイトブリッジに似ている のだが?。その後、いくつもの橋がテムズ川に架けられましたが、それはみなこのロンドン橋より上流でした。19世紀になり、ロンドンの水運がさかんになるにつれ、ロンドンの東側のエリア「イーストエンド」が発展し、ロンドン橋の下流テムズ川の水上交通を妨げないような橋を架けることが国として早急な課題となりました。そこで、ホーレス・ジョーンズとジョン・ウルフ・バリーが設計したこの跳開式というアイデアが採用されました。上の通路は、ガラス張りのウォーク・ウェイズという形に生まれ変わっておりタワーブリッジの観光の目玉となっているとのこと。このようなタワーブリッジの歴史や経緯は、タワーのてっぺんにある博物館で詳しく知ることができるらしい。塔の高さは50mくらいあるでしょう。2つの塔を繋ぐ2本の通路、ウォーク・ウェイズの高さが42mということですから、それよりは高いようです。塔と塔の間は270m、ここの真ん中から持ち上がります。真ん中の継ぎ目が3cmくらい開いていて下のテムズの水が覗くと見えるそうです 。現在、車道が片側1車線づつと、歩道が両側にあるのですが、歩行者が通れるのは橋の片側(上流側)だけとなっています。塔から岸までは吊り橋になっています。タワーブリッジが鉄骨でできていることがこれを見ると納得できます。また、塔の外壁は石材で化粧張りされています。鉄骨で出来たこの橋は1894年に完成した跳開式の可動橋。大きな船が通る時に橋の真ん中が持ち上がる跳ね橋です。このタワーブリッジはまだまだ現役、1カ月に数回は開きます。かつて橋を持ち上げる動力として、蓄圧器に蓄えられた蒸気が使われていましたが、今は油圧と電気モーターで動かしています。以前、橋の開閉に使われていた水圧式エンジンは橋のシティ・ホール側にあるエンジンルームで見ることができます。橋の長さは244m、左右にあるゴシック様式のタワーの高さは65mあり、内部は展望通路・歴史博物館がある。タワー間の橋桁の長さは61m、上部橋の高さは44mである。塔のデザインは鉄塔を腐食から守る目的と、名前の由来ともなっている付近のロンドン塔の景観への配慮から、コーンウォール花崗岩ポートランド石(英語版)で覆われている。タワー上部には跳開用の水を流すパイプを通すために、跳開時用の歩道橋が設けられた。タワーの階段を上って通行できた上部橋は利用者が少なかったことから1910年に閉鎖されたが、エレベーターが設置されて1982年に展示室として公開された。19世紀後半、イーストエンド・オブ・ロンドンの商業発展のためロンドン橋の下流に新たな橋が求められたのだそうだ。だけれどもロンドン橋とロンドン塔の間にプール・オブ・ロンドンが存在し、入港の障害となることを避けるため固定された橋の建設はできなかった。この問題を解決するため1876年に設立された委員会は、デザインの公募を行い、テムズ川を横断する方法を模索した。50以上集まった提案に対する評価の議論は長引き、1884年に都市建築家であるホーレス・ジョーンズの設計が承諾された。とにもかくにも勝鬨橋は交通の妨げになる事も含め、大渋滞を起こす事も恐れ2度と開かないそうで何か英国の古き良き物を残す慣習と日本の差が出ているとおもいます。写真は今までのモノクロ同様キャノンペリックス+FD24mmレンズの組み合わせによる撮影をしたもの。ピントが若干あまいのは、紙焼きの時のピン合わせがうまくいってなかったと思われます。あ、そう。体調がまた戻って来たのでブログをまた書き始めます。色々見て頂いてありがとうございます。この場で感謝します。ただ、当時の記録の多さと記憶がキチンと頭に入ってることには自分でも驚きます。 コウジロウの独り言

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