ポルシェ906=カエラ・6いやカレラ6

f:id:kohyusya:20180119183104j:plain Photo by Kojiro

またまたキディランドでスロットルカー&マグナカーで遊んでいたモデルカーではなく、本物のポルシエ・カレラ6−ポルシェ906である。前のブログ同様2003年のヒストリックカーフェスの一コマ。今や無惨にもボディとモーターが外れている状態のAFXモデルカーが家にあるのだが。何を隠そう、ブッチ開け言わせていただくとこの写真から自分は907かなって思っていたのである。モデルカー収集家の友人のK氏に聞いてようやく本当の車種が解った。Porsche-906だった。ポルシェ906とは、FIAのグループ4に合わせて作られ、1966年に デビューしたレーシングカーなんだそうだ。別称カレラ6(Carrera 6 )。 自分達が社会人になった頃のおもちゃレベルではステータスカーだった。1966年にグループ4スポーツカー(年間生産50台)を対象とした国際スポーツカー選手権が新設し生産されたクルマ。クラス-S2- つまり2リッター以下のタイトルを獲得するため、フェルディナント・ピエヒ率いる技術陣がポルシェ初の純レーシングカーとして906を開発されたらしい。1966年のスポーツカー世界選手権開幕戦デイトナ24時間レースで実戦デビューを果たしたクルマ。第4戦からグループ4公認を得たとされている。ワークスは以降燃料噴射式のグループ6仕様を主力とし、2.2リッター8気筒は信頼性が不充分なため、出場機会は少なかったそうだ。タルガ・フローリオでは総合優勝し、ポルシェが得意とするレースで6度目の勝利を得た。最終戦ル・マン24時間レースでは、総合1~3位を独占した7リッターのフォード・マークIIに続き、2リッターの906が総合4~7位を占めたのだそうだ。グループ6マニュファクチャラーズでも、ライバルのフェラーリ・ディーノ206Sを抑えてP2クラスのタイトルを獲得した。ポルシェとして大好きなこの形の生産台数はなんと65台しか造られていなかった。量産型52台はワークスのほかプライベートチームにも供給されたそうだ。この写真の2003年のこのクルマはその中野一台なのか?エンジン仕様の異なる13台は、生産義務のないグループ6スポーツプロトタイプ用とし、国際マニュファクチャラーズ選手権2リッター以下クラス (P2)にエントリーしていたのだそうだ。先代904の6気筒バージョンが906と呼ばれていたために、このクルマは「カレラ6」の名で市販されていたんだとか?後で904の6気筒バージョンをを904/6、カレラ6を906とする形が一般化したのだそうだ。すべてFRP製のボディは、904同様実際には関与していなかったフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ。ただフロント部分はボンネットの高さを抑えてフェンダー・アーチを押し出したデザインとなっている。ルーフは寸法規定の緩和により幅の狭い丸みを帯びた形状となり、大型ウィンドシールドと跳ね上げ式のカッコいいガルウィングドアを採用していた。ル・マン24時間レース出場車はユノディエールの直線で最高速を伸ばすためにノーズを延長してたそうだ。リアオーバーハングを500mm以上延長したロングテールを採用した。高速サーキット用のロングテールは後継モデルでも定番となっている。当たり前のようなフロントガラスもガルウィングも流面型の典型的な完成形に近い、素晴らしいデザインだったと思う。素材とデザインが見事にマッチングしたビルト・イン・デザインの先駆車と言えるクルマだと思う。         コウジロウの独り言