1974年のフィアットディーノ・クーペ Dino 2400 Coupe in Italia

 

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Photo by Kojiro

1967年にジュネーブショウに登場した「フィアット・ディーノ・クーペ」スパイダーはピニンファリーナカロッツェリアが制作。1974年のイタリアのミラノの街角。クーペのスタイリングはベルトーネカロッツェリアが担当している。この当時の写真を書籍等で見てもこの写真のようにアウトサイドのドアミラーがない。日本での当時はフェンダーミラーがしっかりと着けていたのに比べるとスタイリングの概念が違う。安全性はどうだったのでしょう。それは疑問?この写真のクルマの向かってフロント右側のエッジにキズがある。直ぐうしろのフィアットも隙間のない位に接近して駐車している。スパイダーより高い値段のクーペがバンパーをぶつけあって駐車していることを想像すると滑稽である。今のボルボV40や国産車の上級車等は自動で縦列駐車は当たり前になっているのに当時の日本はもとよりイタリアにも無かった。そんな駐車時のキズなんでしょうけどモッタイナイ。ディーノの誕生のきっかけとなったのがV6ユニット。86×57mmというショートストロークは極端に短いらしいのだがF1ユニットから来ているという。だから8500rpmまで高回転域に達していたらしい。この頃の日本車の4気筒といえば1800ccクラス。スカイラインやローレルだった。ホンダやトヨタにも多くあったがその振動たるや6気筒とは格段の差があった。この車はそんな回転数もあげられるのだから心地よい振動だったに違いない。クーペの室内はフル4シータ−と言える程十分な居住空間を持っていた。誕生が1967年。2年を経過するとそれまで固定式だったリヤサスペションも独立式と進化して行くのである。フェラーリ・ディーノも246GTと進化して行ったのだがこのクーペは脚光を浴びることはなかったようだ。ジュージアローの117クーペ等に見られるこのクラスの4座席のクーペが自分は大好きだった。でも選ぶときは国産五人乗りになってしまっていた。フェンダーにもデザインだけのエアーダクトがある。スタイリッシュだと思いませんか?BMWやレクサスの数車種が最近ビルトインデザインとして演出してるみたいですが、こんなバランスのよいデザインはあまり見たことがない。前述のボルボと大きく違うのは、Aピラーの細さであるのだが。安全性よりもデザイン優先のこの時代の車。もっと派手でも良かったって言う人が多かったのか?8,000台しか売れなかったそうだ!

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