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ローマ・ボルゲーゼ美術館横を走るフェラーリディーノ246タルガトップ。

f:id:kohyusya:20170328191405j:plain写真は1974年2月に訪れたローマでのワンカット。ローマ市内、広大なボルゲーゼ公園 の一画にあるこの美術館。ボルゲーゼ家 の美術コレクションが展示されている。ボルゲーゼなんてパスタ・スパゲッティの名前にもあり、イタリアでは通称呼ばれる多くの名前にあたるのか?確かボルゲーゼを頼むとライク aミートソースだったと思います。本当はトマトの種類らしいのですガー   アメリカで言うポール&ジョンとかピーターみたいな名前か?ボルゲーゼ家はシエナ出身の貴族で、名門らしい。美術館は、シピオーネ・ボルゲーゼという方がが夏の別荘として建てたものだそうだ。シピオーネ・ボルゲーゼは芸術家に多くの作品を注文したパトロンだったそうだ。19世紀初頭、あのナポレオン・ボナパルトが、ボルゲーゼ家の多くの美術品をフランス・ルーヴル美術館に移してしまった。当時のボルゲーゼ家当主カミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼの妻はナポレオン・ボナパルトの妹ポーリーヌであった。なんか数十年前までやっていたエスティーローダーのモデルの名前と同じポーランド人なのか?イタリアの国立美術館として公開されるようになるのは1903年のことである。1階には彫刻、2階には絵画を展示する。その入口に自分がさしかかったところにこのフェラーリ・ディーノ・206/246がグアキーンとした音で通り過ぎて行った。今までローマ・フィレンツェミラノと何回かは来たのだが、スーパーカーフェラーリを見たのは最初で最後である。写真はタルガトップの「246GTS」。後部のガラスがない天井を開けることの出来るタイプ。希少価値のあるクルマだったのだ。そのタイプでないにしろフェラーリが製造した初のミッドシップ2座席スポーツカーである。今日ではしばしば「フェラーリ・ディーノ」と呼ばれ、フェラーリのエンブレムを付けている車も多いが、本来別ブランドらしい。フェラーリ唯一のV型6気筒エンジン搭載市販車であり、現代V型8気筒エンジンを搭載するフェラーリの始祖的存在である。フェラーリ の創業者エンツォ・フェラーリの長男で1956年に夭折したアルフレードフェラーリが病床でアイデアを出したとされる65度V型6気筒DOHCエンジンを持ち、V型12気筒エンジン搭載の既存車種とも区別するため、新しく長男の名前で「ディーノ」ブランドが与えられ誕生したのだった。エンジン、シャシとも変更を行い、乗り手を選ぶ206から、運転技術の未熟な者でも普通に乗れる車になったそうだ。1971年ティーポEの途中からタルガトップの「246GTS」が追加された(アメリカ仕様車は排気ガス対策により175馬力)。2,487台のGTと1,274台のGTS、合計3,761台が作られたそうだ。本当に希少価値のクルマを見たものだ。東京でももしかして見てないかも知れません。

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