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510ダットサン・ブルーバード(3代目)と檜原湖

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全長=4,095mm全幅=1,560mm全高=1,420mm ホイールベース=2,420mm 車両重量=945kgブレーキ=前:ディスクブレーキディスク後:=ドラム ドラムブレーキなんて堂々とよく書けたもんですね? 写真モデルは4ドアセダン 1300-4速コラムシフト まるで1600SSSである。

ブルーバードの歴代シリーズの中で後の910型と共に、最も大きな成功を収めたモデルである。1966年にはダットサンの1.0Lクラスの大衆車、ダットサン・サニーが発売されていたことから、ブルーバードは1.3L以上の中級モデルとして上位移行。ボディは大型化された。当初のボディタイプは2ドア / 4ドアセダン、4ドアワゴン / 4ドアバンの4種類。社内デザイナーにより「スーパーソニックライン」と称した。直線的で彫りの深いシャープなデザインとなった。従来装備されていたフロントドアガラスの三角窓は、換気装置の強化により省略された。デザイン面で大きく変わったのである。陰ながらローレル1800も登場し、自分はこれを操っていた。オースチンの影響が強いメカニズムは、410系までに比べて一新された。量販モデルである1.3LのL13型と、上級モデルとして1.6LのL16型を積んだ「SSS(スーパー・スポーツ・セダン)」のラインアップだった。日本国内では他社に先駆けた先進的設計と斬新なスタイリングをアピールし、オーソドックスな後輪車軸懸架構造ながらデラックスな装備を売りにするトヨペット・コロナとの「BC戦争」を競り合った。写真はT美大に入学して半年は経った夏休みに友人3人で東北ドライブの最中。檜原湖にさしかかったところ。日本国外では、廉価でありながら欧州車並みに高度なスペックを備えた魅力的なセダンとして「プアマンズ・BMW」との評を得、ラリーフィールドでのタフネスな活躍ぶりとも相まって人気を高め、史上初めて北米市場でヒットした日本車となった。自分たちもその気になり、特に現在はフェアレディを逆輸入販売している会社経営をしている友人のクルマにステッカーを貼り回らせ非公認のT美大ラリーカーもどきで緑を楽しんでいるところ。当時の米国では高校生が初めて乗るクルマとして人気を博し、その世代の米国人にとっては思い出深いクルマだという。続いて開発された初代フェアレディZと共に、北米輸出市場における日産(ダットサン)の躍進を実現した存在といえる。震災前の40年も前の風景である。写真もT美大の写真研究室で調色現像したものである。グリル周りは樹脂パーツを多用して610型系と類似したいかついデザインに変更された。テールランプとウインカーが独立したタイプを選ぶことができるようになった。最終期にはスモールランプも独立した。SSSは出力強化(100馬力 → 105馬力)、フェンダーミラーのブラック化、革巻き風ステアリングの採用なども実施。この時期に至っても市場からの人気は高かった。1972年12月 - 510型系生産終了。はかなきクルマの人生である。自分たちはこのクルマ同様大きな夢へ向かって羽ばたいて行くのである。                                                                                                                                                                                                       コウジロウの独り言