読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

やさしく心地よい風はクルーの心を温め和ませてくれる。

f:id:kohyusya:20170203200117j:plain

三浦半島和田名浜の6月。三戸浜の隣。神奈川県の青少年の家なんかも傍にあった浜辺から一艘のヨットが海に出ていった。1980年頃のお話。まだ海水浴客がいない海の家が出来る前の浜から操船して出航したヤマハ・シカーラ「HARBOR LIGHT」ディンギーだった。「HARBOR LIGHT」の名前は当時好きだった「ボズ・スギャックス」の曲名からとった。「シーボニア」や「葉山マリーナ」とは訳が違い海岸からの出航は防波堤的な係留出来る場所はまるでない。ディンギーは2人乗りなのだが4人まで乗れるので3人だととてもスムースである。この遠浅の海岸のこの波がくせ者なのである。風がなく海そのものが凪いでいる時がある。安心してマストを建てボーラインノットや8ノットでシートを縛り上げ操船の準備をする。先端に座ってパドリングをする。これは自分の役割。波打ち際に大きな波が来てセールに風が入らないとそのまま先端が持ち上がってチンすることもあった。本来兄弟で操船してるのだが、この日は学生時代の同級生のF氏と操船。当時は千駄ヶ谷と青山の間にある「ビクタ−スタジオ」の裏にあった飲み屋さんのマスタ−兼オーナーF氏。そのお店にはスタジオの裏だけに「ユーミン」やあの「矢沢永吉さん」までも来たことのあるそれでいてリーズナブルな飲み屋でもあり、なぜか敷居の高いお店でもあった。そこのマスタ−がその時のクルー。当時、客として通ってたのでよく会ってくれ、ヨットの話で盛り上がっていた。そんなこんなでヨットに誘い、同船することとなったのだ。お店に来た時はその前の通りにクルマを置いて、そのままでも警察のご厄介にもならないいい時代でした。当然自分も独身時代だった。高度成長のまっただ中なのか、イケイケドンドンとそのまま六本木の「フライデー」に行き、今は亡き「清水クーコ」さんとか「サーカス」のメンバー。そして「かまやつひろし氏」とかとおなじフロアで談笑してたのを遠くからみてたことを思い出す。だから「知り合い」って言えないんですよ。見かけたって程度ですよ。シカーラ「HARBORLIGHT」は「スクリュー・マリーンクラブ」と名前がつけられていた民宿の駐車場のような場所に陸揚げされていた。その海辺に艇を出すまでは専用の台車に乗せ、砂浜にのって斜めに海の中にすべらせて、そおっと浮かべる原始的なやり方で海に。ゴルフに興味を抱かなかった自分は、まじめな品行方正な青年と思っていたのですが、今思えばかなり行動派のやなタイプの男だったのかも知れませんせんね!少しでもその感触が残っていれば海辺の家に留まり、まだSea Breezeの音を聞けてたでしょう。

 

 

コウジロウの独り言