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完璧なインテリアを持つランボルギーニ・エスパーダは華麗なGT

PHOTO by KOjIRO / February 1974 イタリアのローマなのか?1974年2月。街中で見つけたランボルギーニエスパーダ。エスパーダの3ドアハッチバックのクーペボディのデザインは、ミウラ同様、ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニによるもので196…

ギラギラテスラはキラキラテスラ。

photo by Kojiro ギンピカのテスラを京橋で見た。昨年の暮。まるであの消えるアストンマーティンの007をみてるようだ。街の光にとけ込んでいた。この手のクルマはオートサロンでよく見受けられていたが、まさか公道で見るとは思わなかった。さらッとおかれて…

雪降るパリのノートルダム。

mphoto by kojiro 1974年2月。アンカレッジで10時間過ごした関係でローマが一日無くnなり、ロンドン経由で最終目的地のパリ。初めての渡欧だった。そんな貴重なパリの自由時間。大雪の中、オプショナルツアーを頼まず二人で歩いて出かけた。今や知る人ぞ知る…

日本アルペンラリーと 篠塚健次郎氏とCOLT SPEED。

photo by Kojiro みんな驚くのですが。これらのブログの写真はすべて自分が撮影した物であること。そして版権も自分にあること。をお伝えしたい。さて本題に入るとする。1971年の9月16日〜19日行われた国内ラリーの最高峰第13回日本アルペンラリーのスタ−ト…

オランダ・アムステルダムを快走していたケン&メリー。

photo by Kojiro 1972年9月。箱スカからモデルチェンジしたスカイラインの愛称がケン&メリー。1973年に東名高速道路でワンキャブの箱スカGT4ドアと御殿場からの厚木の下りでアクセルを目一杯踏み込み、どの位差が出るかVS我がケン・メリGTXスカイラインと競…

フェアレディZは世界に送った最高のイメージリーダーカー。

photo by Kojiro 日本における通称は「Z」。「フェアレディ」と言う名前はミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」から名付けられたと聞いている。「フェアレディ」を冠すのは日本国内のみで、輸出向けは「DATSUN」また「NISSAN」と呼称されていた。USAで…

ローマ・ボルゲーゼ美術館横を走るフェラーリディーノ246タルガトップ。

写真は1974年2月に訪れたローマでのワンカット。ローマ市内、広大なボルゲーゼ公園 の一画にあるこの美術館。ボルゲーゼ家 の美術コレクションが展示されている。ボルゲーゼなんてパスタ・スパゲッティの名前にもあり、イタリアでは通称呼ばれる多くの名前に…

1974年ローマにて、フィアットジャンニーニ128

この写真は1974年2月のローマの街の1カット。フィアット・ジャンニーニ128とフィアットのもう一台。多分フィアットパンダかな?テールランプから車種を割り出そうとしたが実際は解っていない。フィアット・ジャンニーニ128はイタリアのフィアットが1969年か…

桜並木とホンダエアーウェーブ

photo by Kojiro 7年前の2010年頃の写真。もうすぐ4月。東京も桜の季節がやって来た。写真はかつての材木運搬のために張り巡らされた用水路に咲く桜である。清澄公園近くの運河にこぼれんばかり一列に咲くので有名である。今でも江東区深川エリアは水と調和…

ミラノ・ガラスアーケードと東京ディズニーランド。

写真は1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。一台しかこの当時はカメラを持っていないため、カメラは当然キャノン・ペリックスと24mmワイドレンズ。紳士・淑女達が当時としてはモダンで現代のファッションに近い。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッ…

510ダットサン・ブルーバード(3代目)と檜原湖

photo by Kojiro 全長=4,095mm全幅=1,560mm全高=1,420mm ホイールベース=2,420mm 車両重量=945kgブレーキ=前:ディスクブレーキディスク後:=ドラム ドラムブレーキなんて堂々とよく書けたもんですね? 写真モデルは4ドアセダン 1300-4速コラムシフト まるで16…

ミラノ美人とジャーマン・シェパード・ドッグ。

1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。ジャーマン・シェパード・ドッグとミラノ美人である。ミラノのドーモの前で一瞬撮影出来たワンカット。このカット前後に似よりの写真はない。ほんの一瞬である。自分の肩に下がっていたキャノン・ペリックスに24mmレ…

ビルトインされたボンネットデザインのスバル1000

自分が中学生の頃。スバル360に代わって我が家に登場して来たのがこのスバル1000である。なぜか親父は軽免許しか所持しておらず、購入したにもかかわらず、しばらくディーラーにこのクルマが展示されていたのを覚えている。世の中の主流は軽トラックやスバル…

フィレンツェの大聖堂は時が設計者となった建造物。

この写真を撮影したのが今から43年前。この大聖堂の天辺まで上ったのが20年前。初めてこの大聖堂を見たときは中に入ることもせず、観光でフィレンツェを歩いただけだった。まさかその20年後にまた来るとは思っていなかった。現地では2回とも自由行動をとっ…

深々と静かなアンカレッジ。行きたくても今は近くて遠い?

o 1974年2月テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港にJALのジャンボ機747が雪の滑走路に降りた。TVのかつてのドラマ「GOOD LUCK」風に言えば「ランディング」。何故かガタガタ大きく揺れ、上の荷物入れの傍の天井から黄色のエアマスクが細い透明ホー…

お楽しみはこれからだ。スカイライン2000GT・EXと ハードトップ2000GT・TURBO・GT・ES。

1980年代に乗っていたC210系からR30系型に名称変更されモデルチェンジしたスカイライン。 6代目はC10型以来アイデンティティとなっていたリアフェンダーの"サーフィンライン"が廃され、リアのマル型ランプは残されたものの、ホイールベースは4気筒のTIも6気…

トレヴィの泉に後ろ向きにコインを投げて来たけど4回目は未だに来ない。

後ろ向きにコインを投げ入れると「願いが叶う」という言い伝えがある。3回この場所に来れたのはそのおかげなのかも?但し「右手にとって左肩の上から投げるともう一度来れる」。なんて記憶があったが、「投げるコインの枚数によって願いが異なる」とされるの…

ピサの斜塔はもしかして、神々の怒りの産物なのか?

photo by Kojiro 前にブログに書かせて頂いた、フィレンツェの駅から出発してピサへの旅が出来ると言ってたのを覚えて頂いてましたか?ピサの建物はロマネスク様式のキリスト教の聖堂である。ピサは11世紀頃から自治都市として地中海貿易で繁栄したそうで、…

もう一人の家族。彼女の名前。君の名は「カエラ」。

Photo by Kojiro 我が家の一員。雑種のメス猫の「カエラ」です。我が家では皆にかわいがられている。一人でいつも過ごしているアメリカショートヘアの「達哉」とはまるで性格が違い、犬と同じ様に呼ぶとすぐにやって来る。おかげで私たち人間たちは本当に癒…

「かまぼこ屋根」を採用する、新渋谷駅と車両デザインの関係は?

photo by Kojiro JR東日本の各線(後述)、京王の井の頭線、東急の各線、および東京メトロの各線という4社の路線が乗り入れるターミナル駅に完璧になる渋谷駅。JR以外の各線はすべて当駅を起点・終点としている。この写真は以前の東急東横線のプラットフォー…

Cat`s Eye Canonetから50年。我が輩は猫であるから111年。 我が家の猫はアメリカンショートヘア。

我が家の猫。アメリカンショートヘアのオスの「達哉」です。我が家では高級な革製のソファアーに陣取り、一人でいつも過ごしてます。おかげで私たち人間はそのソファーには座れないでいるのです。購入してからこのかた、横になったりただ腰掛けたりも何回出…

鮒子田 寛氏を覚えていらっしいますか?数々の記録の持主であるということを

この写真は、あのサバンナが72日本グランプリTS-bレースにRX3で出場し、1 - 3位まで表彰台を独占した後の風景。ワークスGTRを撃破した時皆が騒いでいた。次のメインレースのフォーミュラに乗ろうと対照的に静かにセットアップしている鮒子田氏。パドックから…

おとぎの国の謝肉祭。そして平和がそこに!

1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。子供達は何歳位だろうか?本当に騎士になってるがごとくまるで映画のワンシーン。ミラノではなくベニスのこの時期の風景は見たことがないが、テレビ等の映像からは仮面舞踏会がうかびあがる。都市部の謝肉祭における…

ちょっと一休み。写真表現と材料。

ここで前に登場してた白根山の紙焼き写真とモノクロと比較して心象度の違いを述べてみよう。はじめに登場するのがコダックのキットで焼いた2種類のカラー写真。遠い昔の画像処理であるが、今とは異なりフィルム現像をしてから紙焼きをする段取り。フィルム現…

やさしく心地よい風はクルーの心を温め和ませてくれる。

三浦半島和田名浜の6月。三戸浜の隣。神奈川県の青少年の家なんかも傍にあった浜辺から一艘のヨットが海に出ていった。1980年頃のお話。まだ海水浴客がいない海の家が出来る前の浜から操船して出航したヤマハ・シカーラ「HARBOR LIGHT」ディンギーだった。「…

2度と訪れなかったピサの斜塔は外観を、 観光としての見学は大聖堂をみたほうがいい!

前にブログに書かいた、「フィレンツェの駅からピサへの旅が出来る」と言ってたのを覚えてますか?有名なあのピサの斜塔は、ロマネスク建築の代表例である。イタリア・トスカーナ州、ピサに位置する「ピサのドゥオモ広場」に建てられたピサ大聖堂としての一…

葉山港の風を呼ぶ!1等航海士は台風の前日でも出航! ベテランのスキッパーは超スリリングだった!

嵐が2日後には上陸か?とニュースで伝えられていたある土曜日の朝。兄弟二人とオーナ−のI氏が旧葉山港(鎧摺港)に集合。ラマーレ茶屋の隣の港。三浦半島の相模湾側に位置し、「鎧摺港」と呼ばれてかつては古くからの沿岸漁業の基地だったが、当時「コンンテ…

公営の鬼押出し園方向の道路の方がドライバー的には気持良かったが、 火山博物館の上には淋しく荒れ放題の展望台が残ってた。

1974年頃の大好きだった「鬼押出し展望台」に向かう「230型セドリックGX」!何故かこのクルマは「スカイラインと同じ2000cc」だった。シングルキャブの「L20型エンジン」搭載。エクステリアはまるでアメ車を連想させるかのごとく迫力があった。特にこのテー…

Firenze Santa Maria Novella railway stationですかね?

イタリアの旅の途中下車。のワンカット。途中下車と言っても43年前のバスツアーの途中下車。この写真の列車はいくら調べても名称やナンバーが解らなかった。 「Firenze Santa Maria Novella railway station 」であることは60%あたってるはず。連結部のス…

クロスオーバーのダイヤを引いていた房総特急。 三鷹電車区の「わかしお」。

1972年7月に房総電化が完成、国鉄総武本線の東京乗り入れが開始された。 「わかしお」「さざなみ」は房総初の特急である。運転を開始したのもこの頃。自分では忘れてるが1970年始めの三鷹電車区の「わかしお」である。「わかしお」「さざなみ」は、初登場で…

皆様覚えてらっしゃいますか?TOYOTA7と戦い抜いた 天才レーシングドライバーと呼ばれていた高橋晴邦選手を!

あのルマン24時間レースを日本人として初めて完走した方である。1960年代後半から、1970年代前半のオイルショックによるモータースポーツ活動縮小に至るまで、8年の間、トヨタのドライバーとして数々の名レースに参戦した。20代の若さで第一線から退き、1974…

目的地までのドライブのサウンドが心を揺さぶっていた。 本当にスチール撮影ロケは楽しかった。

前の会社のディレクタ−時代のスチール撮影。一軒家スタジオ前の駐車風景です。完璧なスーパースポーツカーを目指した4代目フェアレディZとスカイライン2000GT「スポーツカーに乗ろうと思う」というキャッチフレーズだったZの向こうにはBMW2002がある。バブル…

W124メルセデスはコンフォータブルないいクルマだった!どの位今でも走ってるのでしょうか?

W123型の後継車にあたる1980年代に自分が乗っていたW124型メルセデス。ボディは4ドアセダン。230Eの右ハンドル。230Eしか当時は右ハンドルはなかった。リアシートのヘッドレストが運転席の操作でパタ−ンと倒れるのが面白かった。今ではバックモニタ−があるの…

一枚の写真から当時の本当の歴史の一遍を! 碓氷峠と熊の平信号所。

かつて駅だった「熊の平」で停車していた急行列車と鈍行列車。確かではないがサイドから見るに165系を押すEF63の重連連結なのか?熊ノ平駅で急行列車に抜かれる茶褐色の旧型客車・鈍行列車。「熊ノ平駅」は、かつて群馬県碓氷郡松井田町にあった、日本国有鉄…

超高層と呼ばれていたビルも、クルマ以上に進歩している。

スカイライン2000GTX・ケンとメリーに見つめられた新宿の「新宿三井ビル」。 建設途中の写真である。1974年の高度成長期に建てられた。 オフィス需要がひっ迫した超高層ビルの先駆けとして誕生した。 前のブログで紹介した「はしご消防車」の反対側の風景。 …

日本の高度成長期の乗用車の形もよければ、 はしご消防自動車までもかっこいい!

ここで改めて感謝を込めて言いたい。消防隊員の皆様に。述べさせて頂きたいのは隊員達もさることながら消防自動車もかっこいいと改めて感じたことである。写真は「日野TC343型 25m屈折はしご付消防車」だと思われる。1973年当時は授業の帰りに新宿の副都心前…

今や近寄れない草津白根山油釜。 時の過ぎ行くまま、自然に人は合わせないと生きて活けないのか?

標高2030メートルの「エメラルドグリーンの湖面に近づきたい」と思っても 今は500メートル手前でロープが貼られて近づけないそうです。 昔は湖面近くまで降り石で文字をかけたりもした。 自分が歳をとったのか、 自然の「風景までも遠くに行ってしまったのか…

消えたドクターイエローと キャノンF-1とキャノンFDレンズ。そしてネオパンSSS

写真は1974年2代目として登場したして通称「ドクターイエロー」 (モノクロだからドクターグレーだろう?って言わないで下さい) 新幹線の線路を検査する電気軌道総合試験車である。 現在はT4編成とT5編成が採用されその3代目にあたる。 初代のT1編成が登場…

時を超えても生活者のマインドを限りなく掴む ボルボのマーチャンダイジングは面白い!

メルセデスW124の後に自分の愛車となったボルボ850セダン。この形が自分は好きだった。240シリーズの後継として登場。 「850は、ピニンファリーナのデザインなのにフェラーリのようにバッチがついてないのはなぜ?」とか 「ベルトーネがデザインした780に…

一枚の写真からTVR タスカンを探した2017.1.1。自分は新年早々、幸先がいい!

photo by Kojiro 1974年のヨーロッパのガススタンド(たぶんイギリスで撮った一枚の写真)のクルマ。 カーマガジンやネットで探っていたのだが今年になってようやく解った。 1968年に発売。「TVRグリフィス400」の後継者イギリスのクルマ「TVRタスカン」だっ…

落書きはEF15でも許されない。

EF15で有る。これは渋谷近くの国鉄の路線を走っていた当時のPhoto。落書きはされているものの何故か精悍である。1973年に当時の国鉄の国労と動労が順法闘争を争議戦術として経営側に対抗していた。その意思表示がこのEF15の落書きである。発車しない。ダイヤ…

W124メルセデスの空力は0.29って本当?それはリヤガラスのモールの処理から?

メルセデスベンツW124の空力Cd値:0.29はないだろうって、ネット上で書かれてる人がいる。元ユーザーとして反論を述べたい。EクラスだからSクラスと比較してベンツとは言えないなんて人もいますよね。それは間違いです。メルセデスは腐ってもメルセデス。亡…

憧れのイソ リヴォルタ・フィディアが42年前現役で存在してた。

イソの4ドアサルーンは1967年のフランクフルト・ショーでデビュー。ベルトーネではなくギアに在籍してたジウジアロウのデザインだった。当時はマセラッティ・クアトロポルテがライバル。シボレーエンジンの5.4リッター、やがて5.7Lそして5.8L-355psまでの性…

井の頭公園の鴨は何処から来て優雅な時間を過ごしてるのでしょうか?

ちょっと息抜きしたくて、かわいい鴨達のお話をしてみたくなりました。実家が武蔵野市だった為、井の頭公園によく散歩にでかけたものです。この写真は数十年前、井の頭恩賜公園の池の片隅に暖かい日差しを浴びていたカルガモ達を撮ったもの。僕が近づいて行…

40年前のオールズモビル・トロネードは幅2mの斬新なFF車だった。

1974年2月。卒業旅行でヨーロッパツアーに参加してた自分。シトエンBX同様これはかっこいいと思い、シャッターをきった大きなクルマ。オランダかイタリアのどちらか?解る人がいたら教えてほしい。オールズモビル・トロネード(Oldsmobile Toronado)。 GMの…

あのシトロエンBXは何処へ

僕がパリ・シャンゼルゼ通りで見たシトロエンBXは日本では見たことのないエアロパーツを付けた銀色のスポーツバージョンだった。パリの石畳にとてつもなくシルバーメタリックの輝きをきらびやかに、とても格好いいスタイルだった。自分が乗っていたのは2年間…

チンクェチェントが元気な限りヨーロッパの風景は変わらない。

チンクェが5をあらわし、チェントが100の意味を持つフィアット500。フィアットチンクェチェントは何時頃から走ってたのでしょうか?当初のネーミングこそ、排気量が500ccだから「フィアット500」となったのですが、その意味が?途中から変わった。 新型…

マセラッティ・ギブリの室内に吹いて来たサハラ砂漠の烈風。

1966年に発表、デザインはカロッツェリア・ギア時代のジョルジェット・ジウジアーロによるもの。あのスタジオ・ジブリは世界的にはギブリとなっているのはご存知ですよね。日本では読み方を間違えてジブリとなったらしい。(この事は最近知った) スタイリン…

海の貴婦人「シナーラ」と「シカーラ」そして「ダックリング」。

ヤマハシカーラ・セイルボート。1980年代に兄弟で購入したライトディンギー。名前には当時好きだったボズ・スキャッグスの「Harbor Light」という曲名をつけた。4m7cm.国際レースQの470と長さは似ているが確か63cm短いY-14。冬には毎週苗場スキ−場に日帰り…

愛のスカイラインの倍の売上げを果たしたが? 桜井真一郎氏に嫌われていたケンとメリー。

BUZZの曲「〜愛と風のように〜」が流れ流面美のコバルトブルーのハードトップ2000GTが「ケン&メリー」と登場! 1972年に日産 スカイラインはモデルチェンジを受け、C10型「ハコスカ」からC110型「ケンメリ」にバトンタッチしたのです。 Photoは自分が乗って…