懐かしの星野一義氏と松本恵二氏そして萩原光氏のグループC.カー。

Photo by Kojiro Yoshida Photo Data Canon F-1 FD24mm F8 このお話の中でも萩原光氏は1986年、ニッサン初参戦となるル・マン24時間レースのドライバーに決定していたのだが、それを目前にした4月7日に懐かしのレイトンハウスのメルセデス・ベンツ 190E 2.3-…

スタ−ト直後の事故。富士逆回りスピードウェイ。

Photo by Kojiro Photo data Canon Perix FD 200 F5.6 あの超高速30度バンクで注目していた富士スピードウェイ。6kmのフルコース以外にも戦いの場があった。後のF-1GPを想定してバンクを使わないレイアウトを創った。ストレートの終わりで右に急転回し、バン…

モハメッド・アリはトランプ大統領をどう思っているか?

Photo by Kojiro Photo data Canon Perix FD200mm F4 このブログの連載の一番最初に書かせて頂いたモハメッド・アリ。1972年の神宮外苑でのスパークリング帰りのクルマに乗る前のワンシーン。彼が生まれた1942年。出生地はケンタッキー州ルイビル。初めの名…

正丸峠とケン&メリー

Photo by Kojiro 峠の茶屋での頂上地点でのワンカット。1972年頃、当時はセンターラインなんてものはありません。その峠の道には、その名は正丸峠。何回か出かけて、怖かった記憶があります。コーナーを攻めすぎて、何て格好つけて言いたいのですが、ハンド…

銀座の朝は淋しくも輝いていた。

Photo by Kojiro この写真は1975年頃の早朝のギンザ。以前の松坂屋の前。2017年8月現在はGSIXとなっている。国内外 のお客に向けて観光案内やチケット販売や外貨の両替、何故か宅配までもある。国内外へのお土産も買え、コンビニもある。便利機能をワンスト…

1972年スカイライン2000GT・ローレル1800・セドリックハードトップ

Photo by Kojiro 学生時代のT美大の構内。ドアミラーにグリルには当時ポピュラーだったシビエのバケツ=スーパーオスカーだ。知る人ぞ知る抜群の発光体だった。これは友人のクルマN氏のスカイライン箱型・シングルキャブレターの2000GT。このクルマと後ろのロ…

ケオラ・ビーマーのギタ−が奏でる、ハワイアン・ララバイ。

Photo by Kojiro カーペンターズなど多くのアーティストにカヴァーされ続ける名曲「ホノルルシティライツ」 、サーフィンを題材とした名作「Big Wednesday(ビッグ ウェンズデー)」のエンディングタイトルを手がけたKeola Beamer(ケオラ ビーマー)。好き…

007役のロジャームーアは 一回もアストンマーティンに乗っていない。

Photo by Kojiro 写真は1974年、パリの一角に駐車していたアストンマーチンDBS。お話は今年亡くなった俳優ロジャー・ムーアのこと。人気映画「007」シリーズで主人公のジェームズ・ボンド役で人気のあったイギリスの俳優。ロジャー・ムーアも今年5月23日に死…

モデル・タレント・イラストレータのMSさんとBMW2002と朝潮埠頭。

BMW・02シリーズは、ドイツ(当時は西ドイツ)の自動車メーカーBMWが1966年から1977年にかけて製造、販売していた小型2ドア・セダン。日本では「マルニ」の通称で呼ばれた。最も生産台数の多かったのが2,000ccエンジンを搭載した2002だった。BMW2002A(1971年…

Beamer Brothers' song Honolulu City Lights.

Photo by Kojiro “This is my favorite Beamers' song, from their album "Honolulu City Lights."写真はビーマーブラザーズの「マヒ・ビーマー」の従兄弟でコーディネーターだった「太郎さン」から紹介された「カパラ」?コーディナータ−のハワイ大手の事務…

焼岳の噴火でせき止められた梓川から生まれた「大正池」

Photo by Kojiro 普通なら鏡面のような美しい水面に、雄大な穂高の姿を映す大正池。となるところ、曇天の写真である。1971年頃。学生の頃にクルマ三台で上高地に兄の友人達と出かけた。その時撮影した大正池である。立ち枯れの木々が幻想的な風景は上高地を…

努力のレーシングチーム監督。近藤真彦氏

photo by Kojiro 近藤真彦氏は1977年中学一年の時にジャニーズ事務所に入った。1979年10月、TBSのテレビドラマ『3年B組金八先生』の生徒「星野清」役でデビュー。この時の同生徒役だった田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」を結成。その頃だと思う…

エンパイアー・ステート・ビルを望めたこの場所に2度とは戻れない。

Photo by Kojiro 建築家集団、リッチモンド・H・シュリーブ、ウィリアム・F・ラム、アーサー・L・ハーモン(Shreve, Lamb and Harmon)の3名によって設計されたエンパイア・ステート・ビルディングは、マンハッタン島を代表する高級ホテルであるウォルドルフ…

オランダ・アムステルダム。ケン&メリーだけではなくカローラも快走していた。

Photo by Kojiro 写真はおそらく2代目(1970年 - 1977年)のトヨタ・カローラ。販売期間 クーペ:1970年5月-1977年1月.およそ6年以上国内では販売されていた。乗車定員5人でこのボディタイプ2ドアクーペ。エンジン 1.6L 直4 駆動方式 FR 変速機 2速AT 5速 /…

豊洲からの「ゆりかもめ」は旅立ちの時だった!

Photo by Kojiro 2017年6月7日16時37分に豊洲を出て有明の癌研に向かった。豊洲市場地を右に見ながらゆりかもめは進む.有明の癌研前。その病院に義理の妹が入院していた。小林麻央ちゃんが2017年6月22日に亡くなる。ブログに英語のコピーが書かれていた。「…

スカイライン2000GT-TURBOはキーンとよく鳴りキューンとよく走った。

Photo by Kojiro 大好きだった「鬼押出し展望台」(現町営-火山博物館上)に向かう「スカイラインターボ2000GT」!このクルマは「まさしく2000ccターボ」。インジェクションの「L20型エンジンにターボ」搭載。エクステリアはクサビ型で迫力があった。サーフ…

1974年のフィアットディーノ・クーペ Dino 2400 Coupe in Italia

Photo by Kojiro 1967年にジュネーブショウに登場した「フィアット・ディーノ・クーペ」スパイダーはピニンファリーナのカロッツェリアが制作。1974年のイタリアのミラノの街角。クーペのスタイリングはベルトーネのカロッツェリアが担当している。この当時…

美しさと機能性がビルトインした SCANDINAVIAN DESIGN NEW VOLVO V90

Photo by Kojiro ボルボカーズの大型サルーンである「S90」とそのステーションワゴン版の「V90」が日本導入を果たし、発売された。写真はV90である。V40オーナ−の自分は6ヶ月点検とウィンタースタットレスタイヤ交換の為に市川塩浜のボルボカーズ市川東邦オ…

世界で初めての乗用車タイプの四駆だった=スバル・レオーネ。

Photo by Kojiro 1970年代前半から1980年代後半にかけてスバル1000以来の伝統である水平対向エンジンを採用し、スペアタイヤがエンジンルーム内に収納。サッシュレスドアとステーションワゴンスタイル、そして4WDの技術は後のレガシィやインプレッサの基礎と…

1985年FUJI。柳田春人選手とコンビを組んでいたのは鈴木亜久里選手だった

photo by Kojiro 柳田 春人(やなぎだ はるひと、1950年10月21日 - )は、埼玉県出身のレーシングドライバー。自分と年がこんなに近いとは思ってもみなかった。今や自動車チューニングショップセントラル20代表取締役社長だそうな。自分では昔は「やなぎだは…

中島悟元F-1パイロットの思い出のクルマはフェアレディZ。

photo by Kojiro 1985年と1986年にはトムス・トヨタに乗りル・マン24時間レースや世界耐久選手権(WEC)にも参戦していた。写真は1985年の富士500マイルレースでの1カット。本当に懐かしい写真である。元の化粧品会社に勤めていた同僚の義理の姉がチーム・ル…

完璧なインテリアを持つランボルギーニ・エスパーダは華麗なGT

PHOTO by KOjIRO / February 1974 イタリアのローマなのか?1974年2月。街中で見つけたランボルギーニエスパーダ。エスパーダの3ドアハッチバックのクーペボディのデザインは、ミウラ同様、ベルトーネに在籍していたマルチェロ・ガンディーニによるもので196…

ギラギラテスラはキラキラテスラ。

photo by Kojiro ギンピカのテスラを京橋で見た。昨年の暮。まるであの消えるアストンマーティンの007をみてるようだ。街の光にとけ込んでいた。この手のクルマはオートサロンでよく見受けられていたが、まさか公道で見るとは思わなかった。さらッとおかれて…

雪降るパリのノートルダム。

photo by kojiro 1974年2月。アンカレッジで10時間過ごした関係でローマが一日無くなり、ロンドン経由で最終目的地のパリ。初めての渡欧だった。そんな貴重なパリの自由時間。大雪の中、オプショナルツアーを頼まず二人で歩いて出かけた。今や知る人ぞ知るフ…

日本アルペンラリーと 篠塚健次郎氏とCOLT SPEED。

photo by Kojiro みんな驚くのですが。これらのブログの写真はすべて自分が撮影した物であること。そして版権も自分にあること。をお伝えしたい。さて本題に入るとする。1971年の9月16日〜19日行われた国内ラリーの最高峰第13回日本アルペンラリーのスタ−ト…

オランダ・アムステルダムを快走していたケン&メリー。

photo by Kojiro 1972年9月。箱スカからモデルチェンジしたスカイラインの愛称がケン&メリー。1973年に東名高速道路でワンキャブの箱スカGT4ドアと御殿場からの厚木の下りでアクセルを目一杯踏み込み、どの位差が出るかVS我がケン・メリGTXスカイラインと競…

フェアレディZは世界に送った最高のイメージリーダーカー。

photo by Kojiro 日本における通称は「Z」。「フェアレディ」と言う名前はミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」から名付けられたと聞いている。「フェアレディ」を冠すのは日本国内のみで、輸出向けは「DATSUN」また「NISSAN」と呼称されていた。USAで…

ローマ・ボルゲーゼ美術館横を走るフェラーリディーノ246タルガトップ。

写真は1974年2月に訪れたローマでのワンカット。ローマ市内、広大なボルゲーゼ公園 の一画にあるこの美術館。ボルゲーゼ家 の美術コレクションが展示されている。ボルゲーゼなんてパスタ・スパゲッティの名前にもあり、イタリアでは通称呼ばれる多くの名前に…

1974年ローマにて、フィアットジャンニーニ128

この写真は1974年2月のローマの街の1カット。フィアット・ジャンニーニ128とフィアットのもう一台。多分フィアットパンダかな?テールランプから車種を割り出そうとしたが実際は解っていない。フィアット・ジャンニーニ128はイタリアのフィアットが1969年か…

桜並木とホンダエアーウェーブ

photo by Kojiro 7年前の2010年頃の写真。もうすぐ4月。東京も桜の季節がやって来た。写真はかつての材木運搬のために張り巡らされた用水路に咲く桜である。清澄公園近くの運河にこぼれんばかり一列に咲くので有名である。今でも江東区深川エリアは水と調和…

ミラノ・ガラスアーケードと東京ディズニーランド。

写真は1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。一台しかこの当時はカメラを持っていないため、カメラは当然キャノン・ペリックスと24mmワイドレンズ。紳士・淑女達が当時としてはモダンで現代のファッションに近い。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッ…

510ダットサン・ブルーバード(3代目)と檜原湖

photo by Kojiro 全長=4,095mm全幅=1,560mm全高=1,420mm ホイールベース=2,420mm 車両重量=945kgブレーキ=前:ディスクブレーキディスク後:=ドラム ドラムブレーキなんて堂々とよく書けたもんですね? 写真モデルは4ドアセダン 1300-4速コラムシフト まるで16…

ミラノ美人とジャーマン・シェパード・ドッグ。

1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。ジャーマン・シェパード・ドッグとミラノ美人である。ミラノのドーモの前で一瞬撮影出来たワンカット。このカット前後に似よりの写真はない。ほんの一瞬である。自分の肩に下がっていたキャノン・ペリックスに24mmレ…

ビルトインされたボンネットデザインのスバル1000

自分が中学生の頃。スバル360に代わって我が家に登場して来たのがこのスバル1000である。なぜか親父は軽免許しか所持しておらず、購入したにもかかわらず、しばらくディーラーにこのクルマが展示されていたのを覚えている。世の中の主流は軽トラックやスバル…

フィレンツェの大聖堂は時が設計者となった建造物。

この写真を撮影したのが今から43年前。この大聖堂の天辺まで上ったのが20年前。初めてこの大聖堂を見たときは中に入ることもせず、観光でフィレンツェを歩いただけだった。まさかその20年後にまた来るとは思っていなかった。現地では2回とも自由行動をとっ…

深々と静かなアンカレッジ。行きたくても今は近くて遠い?

o 1974年2月テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港にJALのジャンボ機747が雪の滑走路に降りた。TVのかつてのドラマ「GOOD LUCK」風に言えば「ランディング」。何故かガタガタ大きく揺れ、上の荷物入れの傍の天井から黄色のエアマスクが細い透明ホー…

お楽しみはこれからだ。スカイライン2000GT・EXと ハードトップ2000GT・TURBO・GT・ES。

1980年代に乗っていたC210系からR30系型に名称変更されモデルチェンジしたスカイライン。 6代目はC10型以来アイデンティティとなっていたリアフェンダーの"サーフィンライン"が廃され、リアのマル型ランプは残されたものの、ホイールベースは4気筒のTIも6気…

トレヴィの泉に後ろ向きにコインを投げて来たけど4回目は未だに来ない。

後ろ向きにコインを投げ入れると「願いが叶う」という言い伝えがある。3回この場所に来れたのはそのおかげなのかも?但し「右手にとって左肩の上から投げるともう一度来れる」。なんて記憶があったが、「投げるコインの枚数によって願いが異なる」とされるの…

ピサの斜塔はもしかして、神々の怒りの産物なのか?

photo by Kojiro 前にブログに書かせて頂いた、フィレンツェの駅から出発してピサへの旅が出来ると言ってたのを覚えて頂いてましたか?ピサの建物はロマネスク様式のキリスト教の聖堂である。ピサは11世紀頃から自治都市として地中海貿易で繁栄したそうで、…

もう一人の家族。彼女の名前。君の名は「カエラ」。

Photo by Kojiro 我が家の一員。雑種のメス猫の「カエラ」です。我が家では皆にかわいがられている。一人でいつも過ごしているアメリカショートヘアの「達哉」とはまるで性格が違い、犬と同じ様に呼ぶとすぐにやって来る。おかげで私たち人間たちは本当に癒…

「かまぼこ屋根」を採用する、新渋谷駅と車両デザインの関係は?

photo by Kojiro JR東日本の各線(後述)、京王の井の頭線、東急の各線、および東京メトロの各線という4社の路線が乗り入れるターミナル駅に完璧になる渋谷駅。JR以外の各線はすべて当駅を起点・終点としている。この写真は以前の東急東横線のプラットフォー…

Cat`s Eye Canonetから50年。我が輩は猫であるから111年。 我が家の猫はアメリカンショートヘア。

我が家の猫。アメリカンショートヘアのオスの「達哉」です。我が家では高級な革製のソファアーに陣取り、一人でいつも過ごしてます。おかげで私たち人間はそのソファーには座れないでいるのです。購入してからこのかた、横になったりただ腰掛けたりも何回出…

鮒子田 寛氏を覚えていらっしいますか?数々の記録の持主であるということを

この写真は、あのサバンナが72日本グランプリTS-bレースにRX3で出場し、1 - 3位まで表彰台を独占した後の風景。ワークスGTRを撃破した時皆が騒いでいた。次のメインレースのフォーミュラに乗ろうと対照的に静かにセットアップしている鮒子田氏。パドックから…

おとぎの国の謝肉祭。そして平和がそこに!

1974年2月に訪れたミラノでのワンカット。子供達は何歳位だろうか?本当に騎士になってるがごとくまるで映画のワンシーン。ミラノではなくベニスのこの時期の風景は見たことがないが、テレビ等の映像からは仮面舞踏会がうかびあがる。都市部の謝肉祭における…

ちょっと一休み。写真表現と材料。

ここで前に登場してた白根山の紙焼き写真とモノクロと比較して心象度の違いを述べてみよう。はじめに登場するのがコダックのキットで焼いた2種類のカラー写真。遠い昔の画像処理であるが、今とは異なりフィルム現像をしてから紙焼きをする段取り。フィルム現…

やさしく心地よい風はクルーの心を温め和ませてくれる。

三浦半島和田名浜の6月。三戸浜の隣。神奈川県の青少年の家なんかも傍にあった浜辺から一艘のヨットが海に出ていった。1980年頃のお話。まだ海水浴客がいない海の家が出来る前の浜から操船して出航したヤマハ・シカーラ「HARBOR LIGHT」ディンギーだった。「…

2度と訪れなかったピサの斜塔は外観を、 観光としての見学は大聖堂をみたほうがいい!

前にブログに書かいた、「フィレンツェの駅からピサへの旅が出来る」と言ってたのを覚えてますか?有名なあのピサの斜塔は、ロマネスク建築の代表例である。イタリア・トスカーナ州、ピサに位置する「ピサのドゥオモ広場」に建てられたピサ大聖堂としての一…

葉山港の風を呼ぶ!1等航海士は台風の前日でも出航! ベテランのスキッパーは超スリリングだった!

嵐が2日後には上陸か?とニュースで伝えられていたある土曜日の朝。兄弟二人とオーナ−のI氏が旧葉山港(鎧摺港)に集合。ラマーレ茶屋の隣の港。三浦半島の相模湾側に位置し、「鎧摺港」と呼ばれてかつては古くからの沿岸漁業の基地だったが、当時「コンンテ…

公営の鬼押出し園方向の道路の方がドライバー的には気持良かったが、 火山博物館の上には淋しく荒れ放題の展望台が残ってた。

1974年頃の大好きだった「鬼押出し展望台」に向かう「230型セドリックGX」!何故かこのクルマは「スカイラインと同じ2000cc」だった。シングルキャブの「L20型エンジン」搭載。エクステリアはまるでアメ車を連想させるかのごとく迫力があった。特にこのテー…

Firenze Santa Maria Novella railway stationですかね?

イタリアの旅の途中下車。のワンカット。途中下車と言っても43年前のバスツアーの途中下車。この写真の列車はいくら調べても名称やナンバーが解らなかった。 「Firenze Santa Maria Novella railway station 」であることは60%あたってるはず。連結部のス…